2026ダカールラリーを目指す藤原慎也が、トレーニングの一環として参戦するアフリカエコレース参戦記も最終回。無事完走して、モト部門22位。この結果が意味するものとは
休息日を経て後半戦へ。攻めて4位の好成績
藤原は前半のステージを好成績でまとめつつも、ステージ5でサスペンションやステアリングダンパーを破損。タイミングよくアフリカエコレースは休息日に入っていく。
Off1編集部
後半戦は最初のステージ6から4位獲得と、もはや国際トップラリーストの順位ですね。休息日に前半で壊れたサスペンションやステアリングダンパーを修理してからスタートできたんでしょうか?
藤原慎也
サスペンションが壊れたことはメカニックに伝えたんですが、部品がなくて、ステダンもない。杉村さん(ビバーク大阪代表、ダカールプロジェクトのマネージャー)のバイクは6速が入らない状態だったので、相談した結果部品を移植してもらうことにしたんです。
ステージ6はかなりハイスピードなコースでしたが、ミスコースもなく順調に走れたのがよかったようですね。ただ、レンタルマシンは旧型で初日に受け取った時は泥だらけ砂だらけで洗車もされてない状態。「本当に大丈夫か?」という感じでした。ベアリングもガタがきていたり、そういう状態のバイクしかレンタルできなかったので、我慢して乗るしかありませんでした(編注:Part1参照)。ハイスピードになるとフレームがよれてくるんですね。ずっとぐにゃぐにゃしている状態で130km/h以上で走っているような感覚で、正直危ない。それでもサスペンションとステダンは直ったので、そこそこスピードを出せて4位を獲得できた、という感じです。
Off1編集部
ステージ6での攻め具合はどんな感じだったのでしょうか?
藤原慎也
制限速度150km/hのところを、147km/hでキープしながら、20~30kmある区間を延々と全開走行する感じです。もちろん石やギャップがあるので、ずっとそれらに気をつけながら走らないといけません。自然に出来たゆるいフープスのようなエリアも出てくるのですが、そこにハイスピードで入ってしまうとバイクがジャンプして、次の山に当たった瞬間にブレて斜めにぶっ飛んでいくんですね。そういう状況を制御しながら走っていくので、いつ何が起きてもおかしくない。石やギャップは147km/hで走っていると見切れないこともあり、フロントがはじかれて10m以上もふっ飛んでいくこともありました。
Off1編集部
アフリカエコレースと言えど、速度域は十分にダカールラリーの訓練になっている、と
藤原慎也
危険と隣り合わせ、特に世界レベルのラリーではそれが当たり前なんだなと思いました。集中を切らさないように、でも攻めすぎると体が持たないので、自分の限界から20%、いや10%ぐらい落として走る。そして、速く走ることも重要ですが、ミスコースをしてしまうことの方が命取りになります。10~20kmの直線は問題ないんですが、そこから3本くらい道が分かれていて、180°のカットバックを指示されるような場所がたくさんある。それを間違えないようにナビゲーションを見つつ、ハイスピードで走らないといけない。だから、ただ単に速く走るだけではダメなんです。どちらかと言えばナビゲーション能力がラリーの肝で、自分にとってはそこが難しかったですね。
4位になった時はスタート順が遅めで、出だしは10位台だったこともあり、前走車の轍が多くて楽でした。でも、その翌日は4番手スタートになる。上位10名は3分おき、その後ろは1分おきに2人ずつスタートしていくんですが、4番手だと走行跡がほとんどない状態なのでまったく違う状況でした。(※アフリカエコレースでは、前日のステージ順位順でスタートする。ダカールも同じシステムで、後ろからのスタートが圧倒的に有利なためシーソーゲームになる)
ステージ7の120km地点でも非常に難しいナビゲーションが出てきて、わけが分からなくなりました。スタート直後からモーリタニアのデューンで、しかも「クリーム」と言われるくらいふかふかのサンドのため、何もせずともバイクが埋まっていく。平地を走っているつもりでも、ズボボボボと埋まっていく感じです。ただ、僕はデューン走行は得意としていたのでなんとかこなせました。
Off1編集部
モロッコラリーで習得した成果がさっそく出た。
藤原慎也
今回はハスクバーナの450に乗ったのですが、バイクの性能とバランスが良くてデューンを攻めやすかった。おかげでスタート直後から2人ぐらいライダーを抜き、2番手近くに上がることができたんです。そこから120km地点の激ムズナビゲーションの場所に差し掛かりました。
Off1編集部
難しかった120km地点のナビゲーションは、事前に把握していたんですか?
藤原慎也
いや、全く。ナビゲーションに従って走るだけなので、後から気付くわけです。後で聞いたら、みんなそこで迷っていたそうです。僕が行った時は、ボットゥーリかセルッティの迷いまくった跡がありました。ナビゲーションの絵と実際の山の距離感が全く違う。そこで10分以上悩んでいたら、アプリリアのマルコ・メルチーニが来て「俺も分からん」と。「みんなで探そう」という事になり、走行跡のないところを走り続けました。ナビは西を指していたので、とにかくそちらへ進むしかないとみんなで西へ向かったところ、ようやく走行跡を発見。ナビゲーションの指示通りに進んでいると確信し、一緒に行動を共にしたライダーたちとCP1に辿り着きました。到着した時、すでに5台くらいのライダーがCP1の給油所にいました。僕らは迷いましたが、迷わず到着したライダーもいたようです。
アクシデントはまだ続きました。6、7番手くらいだったと思いますが、給油ポイントに着いて再スタートしたところ、5kmほどでチェーンスライダーが削れきってチェーンが脱落しました。
チェーンが外れてクランクケースに噛み込み、急ブレーキがかかりました。砂漠の上でチェーンを直す作業を始めて、復旧に1時間。再スタートするとナビゲーションに謎の中断を示す文章が表示されていて、よくわからないまま走り続けたらCP2に到着。そこで「レースを中断します。CP2でフィニッシュとなります」と告げられました。
実はその日、主催者の飛行機とライダーが衝突するアクシデントがあり、そのせいでレースが中断になったようです。給油ポイントまでの順位が公式結果になるという事で、僕は3番手か5番手につけていたはずなのに、リザルトは18位。意味不明でしたが、まあいいかと。杉村さんは「なんでだ」と抗議してくれていましたが、聞き入れてもらえなかったようです。
Off1編集部
ステージ7が終わって、気持ちの切り替えはどのように?
藤原慎也
翌日のステージ8は、フラットなサンドが30〜40km続くコースで、その後は黒い石の露出した硬い地面を走るコースでした。前日の不可解なリザルトの件もあり、気分転換も兼ねて色々試してみようと思い、自分の限界スピードではなく、ハイスピードツーリングくらいの速度域で走ったらどうなるか試してみました。直線では147km/hまで出しますが、基本的には気持ちいい程度のスピードで。すると結果7位でした。全力で走ってミスコースしてタイムロスするよりも、疲れずにハイスピードツーリングくらいの速度で走る方が、良いということが分かりました。順位も思ったほど落ちなかった。疲れない程度のハイペースで走っても、アベレージスピードが上がっているのを実感しました。ステージ8の7位は、自分にとって価値のある結果でした。
初めて体験するトップライダーのレーシングスピード
Off1編集部
ステージ9は砂嵐でキャンセルになったんでしたね。続くステージ10ではずいぶん攻めたようですが?
藤原慎也
そうなんです。ステージ10では給油ポイント手前でトップ集団に追いつき、セルッティやボットゥーリと一緒に走ることになり、「トップはこんなに速いのか」と学びました。でも、後半のデューン区間に入ると、デューンが得意な僕がなんとトップに出てしまい、ボットゥーリも抜いて、誰の走行跡もないオフピストを走ることになりました。不安に感じながら走っていると、それが的中し、1つコマ図を見落としてしまった。リルートせずに6番手くらいでゴールしましたが、ウェイポイントを2つ取り逃していたため30分のペナルティで11位。落ち着いて確認する余裕があればよかったのですが、「ステージ優勝できるかも」と思って賭けに出たのが裏目にでましたね。ただ、この日もリザルトはちょっとおかしかった感じがしましたね。
Off1編集部
トップ集団と走っている時のスピード感、そして、彼らと走ってみての感想は?
藤原慎也
147km/hで何10kmも走り続けると、体がというより、振動で骨がしんどくなる。今も指の骨がジンジンしていて痛いのですが、これはステージ10で起きた症状です。彼らは700~900ccのバイクで、直線がめちゃくちゃ速い。僕の中古バイクは振動がひどかったこともあり、同じようにスピードを出すと体への負担が大きかったですね。
あと、トップ集団のナビゲーション能力は本当にすごいと思いました。特にセルッティとボットゥーリは、わけがわからないくらい。一緒に走っていても理解できない。
Off1編集部
どのような場面でナビゲーション能力の差を感じたのでしょうか?
藤原慎也
例えば、200°のCAP(編注:CAP=方位。道がない砂漠などのオフピストでは、CAPの指示でナビゲーションを辿ります)の先に、車が通れる轍のようなものが3本ある場面。3本の轍はそれぞれ違う方向へ伸びていて、どれが正解かわからない。トップ集団はためらうことなく一番右の轍に入っていく。彼らはどうやって判断しているのでしょうか。200°で入っていく3本の道が、途中でそれぞれ曲がりくねっている。彼らは、まるで鳥みたいに上空から見て判断しているかのようでしたね。
Off1編集部
彼らと走ることで、何か得られたものは?
藤原慎也
僕が後方、例えば11番手や18番手で走っている時でも「トップ集団はどうやってナビゲーションしているんだろう?」と思いながら走っていました。試しにトップに出てみたら、全然分からなかった。速さに関しては、今回のアフリカエコレースに出ていたトップライダーたちのスピード感は十分に得られたと思います。ただ、そこにナビゲーション能力がついてきていない。ただ、ナビゲーションは苦手ではないと思っています。杉村さんにも適性が高いと言われているので、迷ってもなんとなくの方向感覚で見つけられる能力はある。だから帰って来れている。そういう意味では、能力はあると思うのですが、成績を目指すのであればナビゲーションに関してはもっと経験を積む必要がありそうです。
ちなみに、世界選手権であるモロッコラリーではダニエル・サンダースなど、世界のトップライダーが走っていました。今回のアフリカエコレースのトップ集団のスピードと、世界選手権を走るトップ集団のスピードはレベルが違います。世界のトップレベルを走る数名には全然届きませんが、ファクトリーライダー勢が上位15位くらいまでだとすると、その次のグループくらいには入れている感覚はあります。セカンドグループくらいのスピードを得られている。ファクトリーチームのテストライダーくらいのポジションかもしれません。
ラリー2回目の僕ですが、そのあたりのポジションにはいる感覚はあります。なぜか目立つようで、今回も公式が取り上げてくれていました。色んなところで声をかけてもらえたり、公式がカメラで追いかけてくれたり、ヘリコプターからの撮影もしてもらえました。注目の選手のような扱いをしてもらえてありがたいです。とりあえずステージ10はトップライダーたちと走ることができ、ペナルティで11位になりましたが、良い経験になりました。
Off1編集部
ステージ11では同じく参戦していたお兄さんの由樹さんにアクシデントがあったと聞きました。
藤原慎也
どうやらSTAGE2.3あたりで転倒した時に折れていたようですね。本人は「スピードは出ていなかった」と言っていましたが、結構な転倒だったようで、肋骨を8本くらい骨折。骨折した状態で4000km走破した計算になります。感覚が麻痺していたんでしょうね。2日目からは極限状態で、手もパンパンに腫れ上がっていたそうです。その時点で目から魂が抜けたような、まさに「ラリーをしている顔」になっていたのが印象的でした。2日目、3日目は夜10時頃に戻ってくるような展開だったので、一番しんどかったはずです。
翌日のステージ11はとても短いステージでした。アフリカエコレースのメインステージは1~10で、11、12は移動日のようなものなんですね。11はモーリタニアからセネガルへのリエゾンがほとんどで、最後に70kmほどのSS区間があるだけでした。ただ、そこへの移動中のリエゾンで兄が足の骨を2本骨折してしまったんです。本当に残念でした。
Off1編集部
後半戦も盛りだくさんでしたね。
藤原慎也
最初は完走目的で行こうと思っていたのですが、ただゆっくり走ってゴールするだけではなく、少しでも成長できるように攻められるところは攻めました。今回走ったスピード域なら僕は全く疲れませんでしたし、後6000km走れと言われても走れる自信があるくらい元気でした。長丁場のレースを世界のトップと渡り合えるスピードで走っても、まだ元気なんです。
ラリーには、その適性の有無が大きく影響すると思います。他の誰よりも元気でした。誰よりもスピードを出して、誰よりも体を酷使しているはずなのに、一番疲れていない。筋肉が柔らかいからか、あまり疲れないんです。チームSOLARISのメンバーからも「タフすぎる」、「ストロンガー・アンド・ファスト」だと言われていました。どうもラリーに向いているみたいです。
2026年、ダカールラリーに至るまで
藤原慎也
全日本トライアルには出場します。それからSSER(四国・スーパー・エンデューロ・ラリー)のモンゴル以外の2戦にも出場予定です。海外レースは、5月にエルズベルク、その翌週にフランスのトレフル・ロゼリアン(編集部注:ワールドエンデューロ・スーパーシリーズの一戦。2024年も参戦)もある。エルズベルクの前にはイタリアのツーリングラリー、サッシ・センにお客さんを連れて行く予定です。そちらはイタリアのチームと段取り済みで、日本から参加する方は装備だけ持ってくればバイクはレンタルできます。ローマをスタートしてその周辺を走るラリーです。去年自分も参加したのですが、とてもいいイベントなので日本の皆さんにもぜひ体験してもらいたいなと思っています。それから、まだ未定ですがISDE(インターナショナル・シックスデイズ・エンデューロ)にも出場するかもしれません。
Off1編集部
ISDEですか! それは凄いですね。良い経験になりそうです。
藤原慎也
そうですね。ラリーの経験を積めばスピードが速くなるというわけではないと思っています。スピード感は、実際に走ってタイムを縮めることで上がっていくもの。それを意識して、今後も経験を積んでいきたい。前回のトレフルでスピードがかなり上がったと感じました。集中してSSを攻めることでスピードも上がります。
Off1編集部
なるほど。ラリーに使用するマシンの仕上がり、方向性は見えてきましたか?
藤原慎也
はい。主にサスペンションのセッティングですが、他はあまり触るところはないと思っています。細かい部分ではハンドルやボルト関係を調整するくらい。トライアル時代から、兄は自分のセッティングに合わないと走らないタイプでしたが、僕はどんなマシンでも走れるタイプでしたので、調整はしやすいです。
今回のダカールラリー参戦表明は反響が大きくて、僕のことを知らなかった人や、昔パリダカを見ていた人からもコメントをたくさんいただきました。ラリーの魅力を伝えられているようで嬉しいです。回を重ねるごとに良い方向に進んでいると感じています。走りも、周りの関係性も、すべてがまとまってきました。プライベーターで過去に、こんなに準備が充実しているライダーはいなかったんじゃないかと思います。
マネージャーの杉村さんの人脈やサポートには本当に助けられています。僕も素直にアドバイスを聞いて、「分かりました、こうしましょう」というスタンスで臨んでいますね。まだたくらんでいることもあるので、楽しみにしていてください。ネタは尽きません。
贅沢な成長ストーリー
ファンライドを楽しむ多くの一般ライダーにとって、南米にステージを移して以降難易度を極端にあげたダカールラリーは夢のまた夢のような存在だろう。もし、生涯をかけてダカールラリー参戦にフォーカスしたとしても、時間やお金だけでは到達できないのがダカールだ。
藤原がトライアル以外のレースへ参戦するようになってからというもの、Off1.jpでは常にその姿を追ってきた。長年参戦してきたトライアルで身につけた高度なスキルを持つ一方で、エンデューロやラリーで戦うには当初スピード面で不安があったのも確かだった。それだけに、一戦一戦新しい挑戦を経験することで速さを身につけていく彼のストーリーに親近感を覚えた読者も多いだろう。
これは、ラリー&エンデューロにおいては限りなくアマチュアに近いが、「オフロードバイクのコントロール力」にとてつもなく長けたライダーが、考えられないほどの成長曲線を描いてダカールラリーへの夢を達成していく物語だ。取材する側としても、今回は何を見つけてきたのか、その報告を聞くのが楽しみで仕方が無いのである。ダカールまであと1年弱、藤原が一体どんな成長を見せてくれるのか、その成果を知るのが皆さん同様待ち遠しい限りだ。