バイク業界よりもむしろITやカルチャー系メディア界隈に「こんな美しく、イノベーションに富んだ電動バイクが生まれた」と取り沙汰されてきたCAKE。果たしてその価値をどう捉えるべきか
CAKEがやってきた
90年台半ば、まだデザイン性に乏しかったイケアの再構築に関わり、そして2000年台には美しくポップなデザインで世界を席巻した自転車用ヘルメットブランド「POC」を立ち上げたステファン・イッターボーン氏。彼が次なるベンチャーを立ち上げ、それが電動バイクなのだと知れ渡ったとき、ある種尖った感性を持った人々の関心を集めた。いち早くその製品に触れたい、とスウェーデンに渡ってその電動バイクの購入を決めてしまった人が僕の知り合いにいたほど、CAKEは人を魅了した。
CAKEが開発車両第一号として提案したのは、今回試乗したKalkと呼ばれるオフロードバイクだ。しかし、そもそもこのKalk、オフロードバイクと呼ぶ必要があるのだろうか。その姿は僕らが想像する「オフロードバイク」とはおおよそ違っていて、動力のポテンシャルであるとか、レースで活躍できるかとか、そういったステレオタイプのバイクの価値観とはまるで異なる位置にいるのだと、そのたたずまい、デザインなど全身で主張している。ではバイク業界にいる我々は、このマシンをいったいどう解釈すればいいのだろう。今回このバイクを目の前にし、実物に触れ、さらには1時間ほど(だいたい30分枠が通例であるメディア試乗会としては、だいぶ長い時間乗ることができたのだ)試乗し、それでも僕はこのバイクを説明することに戸惑う。これはCAKEというものです。そうとしか言いようがない気がする。
サスティナブルであること
CAKEはサスティナブルであることを目指して作られたプロダクトだ。外注の製造業者に部品を作ってもらうのでも、すでにブランドを持ったサプライヤーから購入するのでもなく、ハンドルやフットペグに至るまで、自社で設計をして作り込んだ。だから、それらのパーツにどのような合金を使い、リサイクルにどう回していくか、その未来のことまで考えられている。通常パーツに使われる合金はどういった配分だかわからないため、リサイクル用に溶かしても、質の低いアルミとしてしか再生されなかったりする。しかし、Kalkのパーツは合金配分も明確なのでリサイクルの効率も高い。
この手の電動モビリティにつきまとう、生産工程やエネルギーを作る段階でしっかり二酸化炭素を生みだしているのだからカーボンニュートラルではない、といった話もCAKEには通じない。目標を立て、いかに生産段階で二酸化炭素を生み出さないようにするか、その点を踏まえた生産体制をとり、日夜進化させているのだという。
独特の乗り心地
オフロードタイプの「Kalk」に触れた第一印象は、見た目のデザインから想起されるサイズ感とまるで違うな、ということだった。昨今リリースされている電動バイクのほとんどがバイクで言うところのミニモトサイズで手軽なのに対し、Kalkはフルサイズの大きさを持つ。いわゆるトレールバイクを遙かに上回るサイズ感である。シートの形状が角張っているせいで足がまっすぐ下ろせないこともあるけれど、身長180cmの筆者でも拇指球でようやく地面を感じる程度。エンデューロバイクよりも高く、高めのモトクロッサーと同じくらいだ。車体が軽いためにサスペンションはかなりソフトな設定だけど、それでもシート高だけをみるとレーサークラスだ。
一方で、シンプルなインターフェイスは、まるでGAFAのプロダクトのように説明書いらずで理解できる操作系統となっていて好印象だった。特に電子制御が進んだ今のモーターサイクルは、設定画面の階層が2層や3層では済まないことも多く、家電のメニュー操作が苦手なタイプの人には理解が難しい場面があった。しかし、このあたりKalkはとても直感的でわかりやすい。操作の途中で固まったりすることも一切なく、信頼がおけるデバイスだというのが直感でわかる。パワーと電気ブレーキを3段階で選べるのだけど、たしかにこの3モードあれば初心者にもベテランにも受け入れられるだろう、という懐の広さだった。
僕自身、もともと電動モビリティには興味があって、購入を前提としてテスラを1日借り切ってみたことがある。テスラに乗って何より惹かれたのはモーターフィーリングだ。エンジンでは到底なしえないクリーンな動きに、圧倒的なパフォーマンス。テスラは600万円ほどの予算で、ポルシェどころかマクラーレンを凌駕するほどの加速を味わうことができる。モーターはアクセル操作次第でゼロ回転から一気に最大トルクを発揮することができるからだ。一度その動力特性を味わってしまうと、エンジンがいかに回りくどいものかに気づかされる。プログラムで作り込まれた現代の「リニア」感は、とうてい内燃機関には再現できないものだ。Kalkにも同じような期待をどこかしら抱いていたのだけれど、これはほとんど期待通りだった。意図しないウイリーや暴走を防止するため、当然抑えめなパワーフィールなのだけど、とにかく操作に対してリニアな感触だ。EVバイク黎明期にあった大きなラジコンが動いているような感触ではない。何かでかいトルクをもった物体が、ギューンと車体を動かしているようなフィーリングである。回転エネルギーの伝わり方が上質で、クリーン。この電動モーターの感触をしってしまうと6気筒のエンジンですらスムーズさにかけると思えてしまう。電動モーターの面白さを楽しむだけなら、街中でも十分。僕はとにかく面白いエンジンが好きで、2スト、ロータリー、大排気量V8などなどとにかくエンジンを回してるだけで楽しめるオタクなのだけど、CAKEを乗ってその中にモーターも付け加えようと思った。
車重はなんと70kgしかない。YZ85が73kgだから、この手の85ccモトクロッサーと同様といったらわかりやすいだろうか。CT125ハンターカブで118kg、グロムで102kg。この手の小さな公道マシンよりも遙かに軽い。サスペンションは車重に大きく左右されるもので、このKalkのサスペンションもバイクに慣れている人からすればとても柔らかい設定で、動きすぎるきらいはある。サスペンションストロークはやはりYZ85くらいに感じるから、それがフルサイズモトクロッサー同等の車体を支えているわけで、公道を乗ることでその善し悪しを判断することは難しい。言うなればマウンテンバイクに近い感触だ。ダウンヒルバイクのような脚の長い自転車をアスファルトでは使い切れず、何も理解できないのと同じだ。というより、アスファルト向けではないようにも思う。オンロード寄りならもう少しビシッとした固さを持たせた方が遙かに乗りやすいだろう。すっと前重心にするだけでリアのトラクションが抜けていって、リアブレーキがほとんど効かなくなる。100kg以上のバイクとは比べものにならないほどライダーの体重移動の効果が大きく、エッジの効いた性格をしている。とは言うもののどっしり真ん中に座って公道を流している分には、まったく変な挙動はしないし、快適そのものだ。
1時間もあるのでダートで乗ったらどうだろうか、そんな妄想はたっぷりとできた。とにかく脚がスムーズかつしなやかに動くし、軽量だから身体の動きを思い切りマシンに反映させやすい。前に重心をかければ、フロントタイヤがぐーっと滑りやすい路面でも張りついて弧を描いてくれるだろう。フロントを上げたければ、ほんの少しリア荷重にするだけで事足りるはずだ。リアにしっかり乗ったままでギャップに突っ込んでいったらどんな挙動をするだろうか。こういう感覚は味わったことがない。ファンバイクの4ストミニとも、2ストのミニモトクロッサーとも違う。
オフロードバイクはピッチングを楽しむもの
オフロードバイクの世界では、ギャップを何も無かったかのように通過できるサスペンションこそが至上、という傾向がある。サスペンションがライダーをサポートし、いかにギャップをいなしてくれるか、ラフな路面を楽にクリアできるかが最大の関心事だ。でも、本当のところはギャップも感じたい。そもそもオフロードなんて今の時世に合わない路面をわざわざ走っているわけだから、車体がピッチングすること自体は歓迎すべきことなのだと思う。本当にギャップを感じたくないなら、オフロードバイクに乗る必要はない。
たぶんKalkの車体は、想像するにオフロードでギャップすべてをいなしてくれるような動きはしないと思う。車体が軽いことがまず第一の理由だ。車体が軽ければ暴れやすいし、ちょっとしたギャップで車体が浮くことになる。積極的に身体を使っていかないと、うまく乗れないだろうなと想像する。この点は実にMTB的だ。でも、たぶんそれこそがKalk、CAKEという乗り物に設定された乗り味なんだろう。車体を前後にピッチさせることで、ギャップ、ひいては自然の路面と対話する。引っ掻いて荒らしたくない路面も、すっとトラクションを抜いてやることで表面をなぞるように走る。動力が静寂で質のいいモーターであるなら、その気持ちよさは想像に難くないはずだ。かつて友人が「俺は本当はエンジンなんてないほうがいいと思ってる。トライアルバイクで山を登って、エンジンを切ってトレイルを降りてくるっていう遊び方が好きでさ、落ち葉の踏みしめる音なんかが聞こえるわけだよ。すごく気持ちいいんだ」と言っていたことを思い出した。たぶん、そんなようなことなんだろう。MTBにも、エンジン付きバイクにも味わえない楽しみがそこにあるのかもしれない。
CAKEはコモンズをデザインするためのツール
CAKEと独占的パートナー契約を結んだゴールドウィンはご存じの通りアウトドアに関するモノやコトを提供してきた企業だ。昨年からは全日本モトクロス選手権でプロトタイプのオフロードウエアを実戦投入していることもOff1的には興味深い。記者発表会では、ゴールドウィンの渡辺代表がこのように応えている。「我々ゴールドウインは、富山県南砺市に『ナショナルプレイアースパーク ネイチャリング フォレスト』を2026年にオープンする予定です。この施設でCAKEの電動バイクを楽しんでいただきたいと考えています。夏季にはスキーリゾートなどでの走行も楽しんでいただけるよう進めていきたいと考えています。また、我々は2022年に環境省と国立公園パートナーシップ協定を結びました。国立公園は日本全国で34ヶ所あり、そういうところにこそCAKEの電動バイクを導入し、いろんな体験をしていただけたらと思っています」と。あらためてオフロードバイクのウエアを手がけはじめたこと、富山に自社施設を設け、国立公園パートナーシップを結んだこと。これらは単一のプロジェクトではもちろんないだろう。CAKEもすべてつながっていて、新しい社会装置を実現しようとする試みなんだろうと推察する。渡辺代表は「先日ゴールドウインが発表した富山県での広域的なPLAY EARTH PARK 事業とも通底する考えとして、私たちは“コモンズ(編注:ざっくり言うと誰もが利用できる空白)をデザインすること” を、新たな事業の指針としています」とも話しているのだが、コモンズの中心にオフロードバイクを据えている方針をいち個人としても全力で応援したい。
オフロードバイクは、これまで自然と共存すると言うよりは、環境破壊を連想させるホビーだと言われてきたし、登山愛好家やMTBを趣味とする自然派の人たちとは距離があった。国立公園とのパートナーシップなど相当遠い夢の話しだったろう。CAKEがこれまでオフロードバイクで不可侵であった場所を切り拓いていけるとするならば、これは何にも代えがたい追い風。他のホビーや、地域、社会との滑らかな関係を築いていけるとすれば、高価格であることなど気にはならないかもしれない。本当に自然に溶け込んでいけるツールとしてKalkが存在するなら。
試乗したのはKalk Ink&。公道向けにリリースされたエントリーオフロードモデルだ。オーリンズを装着したKalk Ink、そしてさらにオーリンズを装着するだけで無くレース向けに仕立てたKalk OR Raceの3タイプがラインナップされている。
Kalk Ink&
¥2,475,000
最高速度
+90km/h
航続距離
86km
公道走行
可
免許の種類
普通自動二輪免許(中型)
車両重量
83kg
最大瞬間出力 / 定格出力
10kW* / 5.8 kW