2024年D.I.D全日本モトクロス選手権開幕戦、レディースクラスで優勝を飾った川井麻央が、本田七海とそのチームオーナー辻本幸二氏から抗議を受け、失格となった。その後もレディースクラスではシーズンを通して何度か抗議が申し立てられ、これまで見られなかった動向に業界の注目が集まった。一体何が起きていたのか、両者はどんな想いをもって2024シーズンを過ごしたのだろうか。この件を経て、両者は2025年シーズンをどんな思いで迎えるのか。Off1.jpではこの件の主軸となる本田七海とそのチームオーナー辻本幸二氏、川井麻央とチーム監督の東福寺保雄氏、それぞれに話を聞いた。
開幕戦で起きた抗議、失格
※参考にしているMFJ国内競技規則は全て2024年のもの
2024年3月30〜31日に行われたD.I.D全日本モトクロス選手権シリーズ2024 第1戦 腕時計のベルモンドCUPのレディースクラス決勝レース終了後、本田七海が所属するチームTEAM KOH-Z オーナー辻本氏から、T.E.SPORT 川井麻央に対して抗議が申し立てられた。
モトクロスのレースにおける抗議とは、規則違反について「暫定結果発表後20分以内(全日本・地方選手権共通)に当該ライダーおよびそのエントラント代表者だけが行なうことができる(参考:2024年MFJ国内競技規則37-1-1) 」というもの。抗議の申し立てを行うと、大会審査委員会が証拠となる資料やライダー等への事情聴取、またマシンを実際に分解し不正がないかを確認する。違反が認められた場合、以下の通りに罰則が下される。

辻本氏が申し立てた抗議内容は、川井のマシンに不正があるのではないかというものであった。開幕戦の決勝レースで暫定1位を獲得していた川井であったが、審査の結果、国内競技規則 付則15 32-1-4(※注1)の「技術規則に違反していると判断」に該当したため失格となった。
※注1:付則15 32-1-4:「レース前車検の状態と異なるマーキング部品が使用されている、または車検長および競技監督が、故意に技術規則に違反していると判断した場合。」

#1川井麻央
川井麻央は2020年にチャンピオンを獲得して以来、2021・2023年とチャンピオンの座に立ち、2024年もチャンピオン候補の1人であった。絶対的女王として存在感を放つ川井がマシンの不正で失格となり、開幕戦をノーポイントで終えた事実は業界を揺るがせた。
この件について、川井とT.E.SPORT東福寺氏はこう語る。
東福寺氏:「2024年開幕戦前のオフシーズン中に、本田選手が麻央と同じCRF150Rに乗り換えるという噂が聞こえてきました。さらに、85ccに乗っていた時よりも2秒ほど速いという話を聞いて、正直プレッシャーを感じていました。もちろんマシンが全てではなく、モトクロスにおける強さは7割がライダー、3割がマシンと考えています。ただ、プレッシャーを感じ、良い状態にしておきたいという気持ちが先走り、規則上のギリギリまでマシンを作ろうとした結果、本当は削っちゃいけないところを削ってしまった。混合気の流れが変わるところまで、シリンダーヘッドを削ってしまっていました。僕の責任です。審査では4ヶ所ほどマシンを開けて確認してほしいとの抗議があって、そのうち1ヶ所が違反と認められたかたちです」(※注2)
※注2:ボアアップとは異なります
川井:「自分は乗るのが仕事と割り切っていて、バイクのことはチーム監督(東福寺氏)に全て任せているので、何もわからなかったというのが正直なところです。表彰式の後に結果を聞いて驚いたし、なんで? と放心状態になりました。
前に一度、今回と同じように本田選手のチームから抗議を受けてマシンを開けたことがあります。その時は不正が認められることはありませんでした。ただ、本田選手が12月から私と同じマシンに乗り換えていることを聞いて、一度疑いを持たれたこともあるので2024年シーズンのどこかでまた絶対に一度はマシンを開けられる(抗議が申し立てられる)なと思っていました。なので東福寺さんには、誰が見てもクリーンなマシンにしてほしいと伝えていました。オフシーズン中、何回も自分の思いを伝えていたのですが、開幕戦でこのようなことが起きて、何も伝わっていなかった、自分の思いが通じなかったんだと落ち込みました。
自分は不正して勝とうとは思っていなくて、ちゃんとフェアに戦って、そこで負けたらまた次頑張れば良いと思ってます。開幕戦から失格になって、今シーズンどうしようという思いもありましたが、それよりも、自分の思いが伝わっていなかったということが一番のショックでしたし、信頼していたからこそ悲しかったです」

#2本田七海
一方で、本田七海は2019年にチャンピオンに輝いたライダーで、10年以上レディースクラスに参戦しているベテランである。TEAM KOH-Zからヤマハ YZ85LWで戦い続けており、2ストローク85ccを乗りこなす現役レディースとしては日本一の実力を持つライダーと言えるだろう。そんな本田だが、2024年シーズンは開幕戦から第3戦まで、ホンダCRF150Rに乗り換えて参戦した。本田と辻本氏はどんな思いを持ってマシンを乗り換え、抗議に踏み切ったのだろうか。話を聞くと、そもそもレディースクラスにある不公平さに問題意識を持っていたという。
辻本氏:「私としては、使う道具(※注3)に差がある時点でスポーツは成り立たないと思います。なのでそれをどういう形で平等にするかっていうところを、大会運営側には考えてほしいという願いがあります。
※注3:補足すると「使う道具に差がある」という点については、① 85ccと150ccという異なるマシンで競い合うこと、② 規則に違反してマシンの能力を上げることの2つが挙げられるとのことだった
世界的に見ても85ccと150ccが一緒に競い合うレースは日本くらいです。例えばアメリカで毎年行われている全米アマチュア選手権ロレッタリンのスーパーミニクラスでは、全日本のレディースクラスと同じく150ccと85ccマシンの混走で競われますが、85ccは112ccにボアアップすることが認められています。また、ヨーロッパでは150ccと85ccの混走でのレースはありません。つまり、それだけマシン差があるということなんですよね。マシンをいじることが悪いと思っている訳ではなくて、例えば先ほど述べたスーパーミニクラスのように、日本でもマシンの差をなくすような策をとってほしいところですが、エンジンにお金をかけたライダーだけが強くなるという構図になるのもちょっと違うなと……、それだったら、150ccのライダーはフルノーマル、85ccは現在あるルールを適用させる、とすることでマシン差を小さくするのがベストかなと思っています。
この想いを持った上で、今回我々がホンダに乗り換え、あえてどノーマルのホンダ CRF150Rで走って結果を残すことで、マシンをいじらなくても十分に競い合えるし勝てるということ、そのポテンシャルがあるということを示したいと考えました」

また、規則に違反してマシンの能力を上げる事例についてはこう語る。
辻本氏:「チームとして昔からレディースライダーを抱え参戦してきましたが、正直レディースクラスでは暗にチューニングが行われていたと思います。特に昔はマシンをいじっていたり、ガソリンの匂いの違いでレースガスを使ってるなというのを感じたりしました。その中で私たちはライダーのスキルを上げることで、実力でトップに立つということを目指してやってきましたが、レギュレーションに沿ってマシンを作ると、特に2ストロークマシンの性能を上げるには限界がありますし、排気量が異なる150ccマシンをいじられたらさらに差が広がると感じていました。
また、2019年にも一度川井選手のマシンを調べるために抗議を行ったことがあるのですが、裁定は口頭で聞くかたちであったりと、MFJに対しての不信感も募っていました。今回、開幕戦前に事前に純正のシリンダーヘッドなどを参考資料としてMFJに渡して抗議すると決めていて、周りにも伝えていました。それくらいの気持ちを持って申し立てをしました。この1年間、平等に戦えるよう想いを持って戦い、それをMFJへ投げかけてきたのですが、2025年のルール改正では抗議による車両の分解費用を値上げしているのみで、何も変わっていませんでした。ルールを作っている側として、ルールを守らせるよう動いてほしい、平等になるように工夫してほしいというのが正直な想いですし、世界とは異なる基準でレースをしている以上、今後海外で活躍したいというレディースライダーがいても戦えない厳しい現状のままになってしまいます。今後日本がどのようにルールを着地させていくのかはわかりませんが、改めて考え直さなければならないことだと思います」
本田:「側から見たらこれまでも2ストロークで勝ってきたじゃんと言う方もいるだろうし、それは事実です。ただ、レディースライダーのレベルが上がってきていて、その中で、85ccと150ccという小排気量で戦うためにバイクの性能をギリギリまで使うからこそ、元々のバイクの差が出てきますし、その差を感じる人が、4ストローク150ccマシンに乗り換えて結果を出しにいく今の傾向に繋がっているのかなと思います。
MFJの公式ルールはあっても結局は守られていなかったことが、今回明らかになりました。ただ、川井選手1人だけが守っていないのかと言われたらそうではなくて、みんなバレなかったらいいと思ってやっていると私は感じています。レース以外でゴタゴタしたくはないですが、開幕戦での裁定を受けて、レースしに来てるからこそルールを守って戦おうよという思いがより強まりました」
レディースクラスのマシン事情
辻本氏の話の中にもあった85ccと150ccマシンの混走について、なぜこのようなフォーマットになったのだろうか。歴史を遡ると、レディースクラスは2000年に設立された。はじめは2ストロークマシンのみで競われていたが、国産各メーカーで150ccマシンを作る話が進んでいるとユーザーの間で話題が広がっていた。しかし、コスト等の関係により結果的にホンダのみが150ccを製造し、2006年にCRF150Rが発売。全日本モトクロスの承認を得たという経緯がある。
実際に2ストロークと4ストロークは特性が異なり、それぞれメリットとデメリットがある。例えば、2ストロークマシンは軽量な分取り回しがしやすいが、パワーバンドが狭い分何回もシフトアップをするため、細かいクラッチ操作が求められる。一方、4ストロークマシンは2ストロークよりもパワーがあり、特にアップダウンの激しいコースではその差が生かされてくるが、車重が重く、またスタートでの出だしの瞬発的なパワーは2ストロークの方が優れているという違いがある。なお、これらの特性を踏まえて、2ストロークと4ストロークどちらを選ぶかはライダーの自由であり、好みが分かれる点である。
第2戦以降、川井と本田の想い

開幕戦から3週間後、土日連続で第2戦・第3戦が開催された。2人のライダーはどのような意志を持って挑んだのか。
川井:「東福寺さんはシーズンが始まる前から体調が悪くて、開幕戦が終わってから第2戦までの間に会えなかったんです。なのでチームマネージャーの根岸さんに話を聞いてもらいました。その時に、もう自分はバイクに乗りたくない、もうこのまま辞めてもいいと考えてると話しました。モトクロスをやってたと言わないでも生きていける世界は他にもいっぱいあるから、その方向に進んでもいいと思いました。ただ、やっぱりチームとしては走ってほしいと言われましたし、ここで辞めてしまうのは1年間サポートすると決めてくれたスポンサーの方々や応援してくれる方々に申し訳ないと思いました。自分の気持ちや環境について考えて、悩んだ結果参戦を続けようと決めました。
第2戦に向けての事前練習ではチームが新車を用意してくれて、それが新品ストックをただおろしただけの状態ですごく調子が良くて、上手く乗れたしこれなら勝てると思いました。
結果、新品ストックで第2・3戦、両日ともに優勝することができたおかげで自分も気持ちが楽になったし次も戦えると思えました。ただ、開幕戦で落とした25ポイントは大きくて、シリーズチャンピオンを獲るには残り全戦勝つくらいの勢いが必要でした。とにかく勝つことに集中していました」
本田:「開幕戦から第3戦までホンダ CRF150Rで戦うと決めてから、どノーマルの状態でも勝てることを示すために準備をしてきました。名阪で吊るしの状態で乗ってみた時に、85ccに乗っているときよりも2秒タイムが速かったんです。これならいけると思って開幕戦から乗り換えることを決めたのですが、開幕戦前に指を怪我して、開幕1週間前まで練習ができない状況になってしまいました。さらにその怪我は開幕戦までに完治しなくて、クラッチが十分に握れない状態でレース参戦を続けることになりました。第4戦からはマシンをYZ85LWに戻したので、開幕戦から第3戦まで、結局怪我の影響もあって思うような結果を残すことはできず悔しさが残っています。
また、抗議をしても結局MFJ側が判断基準とした内容は見ることができず結果だけ聞くかたちですし、抗議を申し立てるためにお金もかかる。抗議をすることが億劫になるようなシステムになっていると感じます。それなら例えばランダムで今日はあなたのマシンを開けますね、という風にすれば抑止力にもなると思い、1年を通してチームとして意見も出しましたが、結局変わりませんでした。ルールを守らせる側が何もしていないので、今後も変わらないだろうなと、正直もういいかなあという思いはあります」
その後の動向、そして2025年に向けて
本田がYZ85LWにマシンを戻した第4戦以降も、第6戦ではT.E.SPORTから本田の走行に対して抗議が申し立てられた。また、最終戦の後には優勝インタビューでの川井の発言が賛否を呼び、これについて辻本氏がスポーツマンシップに反しているとして抗議を行うなど、両チームの確執は最後まで続いた。最終戦の抗議に関しては、川井は訓戒という裁定を受けることとなった。
このようにシーズンを通して抗議が繰り返され、その様子について様々な憶測や意見が飛び交った。しかし、今回両者に話を聞き、本田・辻本氏はレディースモトクロスにおける公平性やスポーツマンシップを求めて戦っていたこと、川井は揺るぎない覚悟で勝つことに集中してきたことがわかる。
2025年の開幕まで残りわずかとなったが、川井は2025シーズンもレディースクラスに出場する。一方、本田はフルサイズマシンに乗り換えてIB OPENクラスへ出場しつつ、アメリカで行われる全米アマチュアモトクロス選手権ロレッタリンに挑戦することを発表。2026年にはMXGPへのフル参戦を目指しているという。
2024年をそれぞれの戦い方、それぞれの想いで戦い抜いた2人。2025年での活躍も注目していきたい。