昨年の全日本モトクロスにトレイ・カナードを起用してスポット参戦、話題をかっさらったホンダの電動モトクロッサーCR ELECTRIC PROTO。2024年はスポットでは無く、FIMのE-EXPLOLERという世界選手権にシリーズを通して挑戦し、開発を進めるという
進化を続けるCR Electric Proto、今回の目玉はクラッチだ
テストトラックでの試走を終えて、実際の競技でのテスト段階へ入ったCR Electric Proto。昨年の全日本モトクロス選手権第8戦にトレイ・カナードを起用してスポット参戦、そして公式レース2戦目の場に選ばれたのが今年のFIM E-Xplolerである。同選手権は、既存のモトクロスやエンデューロなどと違い、都市あるいは自然の中で新たなフィールドを見いだし、EVのオフロードバイクで争う競技。開催前に「これはいったいどういうレースなのか」という疑問がファンの中でも湧いていたが、EVバイクというまだ形が定まっていないもので行うレースだけにレース自体のフォーマットもまだはっきりした形がないのだろう。フォーミュラEのように、ICE(エンジン車のこと)を単純にEVに置き換えたレースとして進めるのもいいのだろうが、それで電動バイクの未来が開けるかというと一考の余地があるはずだ。
オートバイにおけるICEは100年の間に進化を遂げて、ある程度決まった形に分化した。中でもオフロードジャンルではトレールバイク、モトクロッサー、エンデューロバイク、トライアルバイク……に加え派生ジャンルもあるにはあるが、大体これらに収束してきた。しかしEVバイクは、まだまだジャンルにとらわれない存在であるはずだ。形状だけを見ても、究極的に言えばインホイールモーターですっぽりエンジンに当たる部分をなくしたデザインの乗り物も設計できる。最近増加している電動キックスクーターは、まさにこれまでのICEの概念を覆すEVならではの乗り物といえるだろう。つまり、ICEからEVへ移行するにあたって、電気という形の無いエネルギーを扱うモビリティをどうプロダクト化していくか、これはビークルビルダーに与えられたとても楽しく痛快な課題だと言える。
E-Xplolerはこのような過渡期に生まれた選手権だから、参戦する車輌のコンセプトも多種多用であるべきだ。現にオーストラリアチームが持ち出したのは日本でも人気のサーロン。シュラウドなどはついておらず、コンポーネントもMTBのものを多用しており、乗り味も独特。新しいEVオフロードバイクとしての楽しみ方を提示している。KTMが用意したフリーライドEはすでに10年以上前に世の中に出ているが、モトクロッサーでもエンデューロバイクでもない、新たなジャンルを早くから創出した。
そこにきてホンダが採用した新たな電動バイクの形は、基本中の基本と言える既存のICEモトクロッサーとの置換を目指したもの。すでにその実力は全日本モトクロスで好成績を残すところまで来ている。このCR Electric Protoと真っ向から勝負となるのが、スウェーデンのスタートアップ、スターク社が開発したVARGだ。未来のモトクロス然としたフォルムに、80HPと謳われるモーターパワー。すでに欧州は北米でデリバリーが始まっており、世界のモトクロスファンの関心を集めているもので、初年度のE-xplolerのタイトルを獲ったのもこのVARGである。
2月17日に大阪で開催されたE-xploler開幕戦にお目見えしたCR Electric Protoは、全日本モトクロス選手権に出場したマシンとは少し仕様が違うようだ。Team HRCの本田太一氏は、立ち話で「どんなレースか聞いていない」と言っているだけあって、なかなかレースへの対策を立てようがなかったようだが、昨年の全日本モトクロスでトレイ・カナードが口にしていた「僕はスロットルを強めに開けてクラッチで微調整をするライディングスタイルなんだ。クラッチが無いCR ELECTRICではクラッチを使ってレスポンスを稼ぐことができず、自分にとって課題の一つだった」というコメントを反映したのか、今回はクラッチらしきレバーをハンドル左手側に見つけることができた。
ライダーのトーシャ・シャレイナにレース後コメントを求めると「あのバイクにはクラッチレバーがついているんだけど、僕は元々あまりクラッチを使わないスタイルなんで、ほとんど触らなかったよ」とのこと。フランチェスカ・ノチェラはクラッチレバーに手を沿えていることが多かったが、二人とも少なくともスタートでクラッチは一切使っていない。
このレバーは一体なんなのか
詳しくのぞき込んでみると、クラッチマスターがだいぶ変わった使い方をされているのがわかる。3/8のピストンをつかったニッシン製のクラッチマスターは、ホースではなくアルミ削り出しのデバイスに接続され、そのデバイスからは油圧をマシン側に圧送していない。そのかわりにケーブルが繋がれていて、おそらくクラッチレバー(らしきもの:冗長なので、以降クラッチレバーと呼ぶ)から入力された信号を電気的に、マシン側へ送っているのだろう。
そこで思いあたるのは昨年末に発表されたばかりのホンダの技術、Eクラッチだ。Eクラッチそのものはクラッチをバイワイヤで操作するだけに止まらず、電子制御することでクラッチワークなしに発進できたり、適切な半クラッチ操作をマシン側が自動で行ったりするところに意味がある。今回のCR Electric Protoがクラッチバイワイヤで稼働しているのであれば、その中身には開発目的のレース用Eクラッチが仕込まれていたとしても不思議はない。たとえば本田技研では、二輪はマシンを倒しこんだ時にクラッチを若干切って動力から切断することで、挙動が安定すること(特許第5004915号)を特許資料に書いている。不整地でどの程度その効果があるのか、実戦でテストする価値は十二分にあるはずだ。
ところが、さらに特許資料(特許7121633号)を漁ってCR Electric Protoらしい車輌図にたどり着くと、クラッチそのものの円盤機構がモーターユニット内に見当たらない。特許資料自体の記述にもモーターの動力は、青いカバーがされている減速機で3枚のギヤに接続され、その後カウンターシャフトを通してスプロケットへ出力されるとある。もちろんこれは、CR Electric Proto「らしいもの」でしかないのだが。
妄想を進めるとすれば、電動ならではの疑似クラッチなのではないかと考える。元々電動バイクはアイドリングする必要がないからクラッチ機構の必要もない。ただ、ヤマハの電動トライアル車であるTY-Eシリーズは初期からクラッチ機構を持っており、クラッチに回転パワーをためて一気に放出することができるようになっている。ヤマハの場合はエンジンのようにアイドリングしていて、擬似的にエンジンの動きを実装しているのだが、CR Electric Protoにはクラッチにパワーをため込む必要はないだろうからだ。カナードによればどちらかというとクラッチでパワーを逃がすようなシーンを想定していたし(であれば半クラッチを検出したら動力を抑えることで演出できそうだ)、走行中のちょっとしたパワーのタメも、電子制御で演出ができそうなものである(クラッチレバーのセンサーが「放たれた」と判断したら、ギュンと唐突なパワーを出力すればいい、のではないか)。
前述した特許資料を読むと、CR Electric Protoらしき車輌の中身はICEに比べておそろしく単純である。吸気・排気システム、ミッション、クラッチ、ピストンが無い。モーター、減速機、水冷システム、以上である。ICEもFIとバイワイヤの組み合わせによって、どんどん電子制御の精度が細かくなっており、ほうぼうでプログラミングとハードをいかに同期させて欲しい性能を引き出すかという開発の方向性に変わってきているというが、CR Electric Protoはその最先端を行くもののように見える。今レースでTeam HRCは、チーム優勝を手にしたものの個人優勝を男女ともに逃してしまっている。次戦ノルウェーまでに解決すべき課題も見えてきていることだろう。今後の善戦に期待したい。