造りに一切の妥協なし、比類無き姿勢が垣間見えるTMレーシングのモトクロッサーが日本に上陸している。他のブランドではちょっと考えられない値付けの理由は、果たして見えてくるのか。辻健二郎が斬る

こんなに思想が見え隠れするバイクが他にあるだろうか

画像1: その価格160万円也。イタリアの至宝TMレーシングのモトクロッサーを試す

TM Racing
MX 300 ES Fi 4T
¥1,617,125
※写真のPINK Editionは+¥120,000。スペシャル外装+スペシャルパーツ組み込み済み
※別途諸費用がかかります

画像: こんなに思想が見え隠れするバイクが他にあるだろうか

TM Racing
MX 250 ES Fi 4T
¥1,623,928
※別途諸費用がかかります

いいか悪いかは別として、TMレーシングのオートバイは世界でも唯一無二だ。量産を目指す他ブランドの工業製品とはまったく方向性が異なっていて、今なお工場には製造ラインというものが存在せず、熟練工が一台一台組み立てている。手作業なのはアッセンブリーだけではない。スプロケットも自社で削り出し、リアサスペンションも自社製で製造する。日本のモトクロッサーもだいぶ自社(あるいは子会社)のコンポーネント比率が高いが、TMレーシングのそれは「そこまでする必要があるのか?」と思うほど徹底している。

画像: ハブ、スプロケットに至るまで自社製だ

ハブ、スプロケットに至るまで自社製だ

TMレーシングでは、精度に一切の妥協をしないため、新品状態でもアクスルシャフトがさっと入らないほどにリアホイールまわりのクリアランスを追い込んで作っているという。そのこだわりは剛性にも現れており、スポークが可能な限り外側から張られるようにハブとスプロケットが設計されている。スプロケットはリアのハブになんと9本(通常のモトクロッサーは6本)ものボルトで締結されているのだ。こういった各部の追い込んだ設計が積み重なることで、TMレーシングのかっちりした車体フィーリングは出来上がっている。ここで言うかっちりというのは「他と比べるとちょっと硬いね」なんてものではなく、オフロードバイクにある程度親しんだライダーなら、誰もが感じ取れるほど「カッチリ」した乗り心地なのである。今回マシンをお借りしたオーナーの廣瀬さんは、リアスプロケットのボルトを3本抜き取るなど、要所で剛性を最適化しているそうだ。あとから剛性を高めることは非常に難しい。だから、TMレーシングではできる限りの精度と剛性でマシンを作り込み、あとはユーザーの手に委ねている、と解釈することもできる。

画像: ヘッド部分に見える円形の部分に、ギヤトレインが収まる

ヘッド部分に見える円形の部分に、ギヤトレインが収まる

エンジンはセミカムギヤトレインである。2022年にOff1でもこのエンジンが搭載されたエンデューロバイクをインプレッションしているが、まるでファクトリーバイクのような見た目をしていてとても小さく感じたのが印象的だった。また、エンジンが奏でるサウンドも、他のブランドとは明らかに少し違う。シリンダーヘッドの材質が特殊で硬度が高く、ハンマーで試しに叩いてみるとカキーンとガラスに似たような音がするのだが、このあたりがエンジン音が異なる理由である。バルブトレインなど方式の違いでは語りきれない、様々な哲学がそこには詰まっている。こんなバイクはちょっと他にない。まだ国産の4スト250モトクロッサーが100万円に到達しない2020年台において、さくっと100万円を超える160万円のプライス付け。でも、そのTM哲学の積み重ねをひとつひとつ聞いていたら、その理由も納得できるはずだ。これは量産の工業製品ではない。熟練工の工芸品なのである。

癖があるようで癖がない。不思議なフィーリング

普段からOff1でモトクロッサーのインプレッションを担当してくれている辻健二郎が、いつになくわからない、というような顔をしてTMのモトクロッサーから降りてきた。

画像1: 癖があるようで癖がない。不思議なフィーリング

「車体の値段が高いじゃないですか、転倒させたくないんで攻めきれないですよ(笑)」といたずらっぽく話す辻。「この250は開け口から暴力的にゴツゴツくるエンジンじゃなくて、キレイに回るエンジンだと思いました。そういう感触のエンジンはトルクが足りないことも多いんですが、そんなことも無いんですよ。とても不思議です。それに、こういうすーっとキレイに回転が上昇していくエンジンって、パワーバンドが狭いというか伸びづらいことが多く、どんどんギヤを上げていかないとうまく走れないことが多いのですが、それともまた違う。パワーバンドが長くてしっかり伸びがあります。最初の印象と、実際の感触にズレがあるんですよ。国産のモトクロッサーって、だいたい癖があってどうにか合わせていかないといけないのですが、TMのエンジンに関してはあまり癖がないなと感じました。キレイに回って、パワーバンドも広く、とても乗りやすいですね。

300のほうは250よりトルクが乗っているのがよくわかります。そんなに高回転まで引っ張る必要はなくて、早めにギヤを上げていくと乗りやすいですね。乗る前は250よりパワーがあるから滑りやすいかなとも思ったんですが、パワーが急激に立ち上がらない分むしろ扱いやすさを感じます。250から300に乗り換えて手強くなるかな、と思っていたので、びっくりしましたね。300には、250と450のような違いはさすがにありません。でも、スピードレンジが変わってくるくらいのパワー差はありますよ。250だと引っ張ったままいけるストレートでも、300だと1つ上げたくなる。早めにスピードが乗ってるんですね。ジャンプの飛び出し前にスロットルを一旦戻して飛び出しのスピードを合わせるタイミングも、250より少し手前になったなと感じました。僕は300のほうが乗りやすいなと感じましたし、300のほうが速く走れるなと思います。250や2スト125って、エンジンの回転数を落とさないように乗らなきゃタイムにつながらない神経質な部分があるじゃないですか。この300にはそういうところがないですね。

画像2: 癖があるようで癖がない。不思議なフィーリング

250の車体のほうは若干癖があるなと感じました。フレームに一本縦軸があるような感じがします。路面が硬いところでもパワーをかけていくと地面に張り付いていってくれるんですね。コーナーに入る瞬間の、曲がりはじめのきっかけで車体の強さが出てきちゃうので、そこは慣れないと曲がりづらさを覚えてしまうかもしれません。300の車体は変わらないはずですが、セッティングの違いなのか素直に曲がります。250は股に軸を抱えていて、それを倒して曲がるような感じなのですが、300は股にボールを抱えていて、それを押し込みながら曲がるような感じです。

画像3: 癖があるようで癖がない。不思議なフィーリング

それと、タンク周りの形状のせいなのか、シートのせいなのかわからないんですが、コーナーに入る前にすっとシートの前側に座りますよね、その時にあまり意識しないでボディアクションしたら、いつもより前に入っちゃったんですよ。その時はミスしちゃったな、って思ったのですがそうじゃないのかもしれない、とあとで思い直したんです。これは想像でしかないのですが、ヘッドパイプ回りを腿で抱え込むようにしてマシンを曲げていくような設計なのかもな、と感じました」と辻。

どんなずるいマシンなのか、確かめてみたかった

筆者ジャンキー稲垣は、このTMレーシングのモトクロッサーに乗ったCMC(中央大学二輪愛好会)の後輩にあたる初心者梅田君に、某草レースであっという間に抜かれてしまった経緯を持つ。

その時、梅田君は「TMのモトクロッサーマジで乗りやすくて、だからタイムも出たんですよ。今度乗ってみてくださいよ」と言ったのが、実はこのインプレ記事を制作するきっかけだった。どんなずるいマシンに乗っているのか、先輩としてはとても興味深かった。なにせ160万円のモトクロッサーだ。僕が乗っているYZ250FXは税抜き89万円。何が倍で値段が倍なのか、果たして値段を倍にするとタイムが半分になるのか(そんなわきゃない)、見極めねばなるまい。

まず250に乗って感じたのは、昨年御嶽でインプレッションをした同じTMレーシングのエンデュランサーとだいぶ似ているなということだった。スロットルの開け口も、すぐにこれは乗りやすいなと思えるフィーリングだ。ビュッとレスポンスの塊が返ってくるような国産4ストロークとは、まったく違う乗り物である。低速トルクがあまりないのかもな、と一瞬思うのだけれど、少し乗り込むとそんなことはないと気付く。単に開け口の角が取れているだけだ。現に、僕がスキルがないおかげで、ほぼゼロスピードまで落ち込んでしまうようなタイトなコーナーの立ち上がりですーっと加速していくのがよくわかった。特筆すべきは、高回転域だと思う。伸び感が凄まじく、車速が無理なくしっかり乗っていくのだ。

300はさらに好感触だった。そもそも300ccという排気量がこんなにもいいものなのか、と驚いた。他ブランドにある350ccはギリギリ回して乗れるかな、と感じるほど手に余る難しさがあったが、この300は自分でも扱えるほどバランスが良い。250の回せるフィーリングがそのままで、しっかりトルクが乗っている。セッティングやチューニングで250のままトルクを出せることは知っているけど、その場合どうしても何かが犠牲になってしまう。排気量アップはやはり正義なのだ。何を犠牲にすることなく、トルクが上乗せされている。250以上に高回転域は恐ろしくスピードが乗る。これは、慣れる必要がありそうだ。

車体に関しては硬さが否めない。サスペンションが硬いのではないんだろうなと思う。カッチリしている感触は、しっかり手に伝わってくる。よく言えば路面の状況が手に取るようにわかるが、悪く言えばコンフォートではない。だが、スプロケットの締結ボルトを9本のままにしてある250と、6本にして剛性を下げた300がだいぶ感触が違ったので、おそらく自分好みにすることはそう難しくないはずだ。僕のスキルでは、しっかり路面にタイヤを押し付けられていないのか、フロントもリアも落ちついてくれないセクションがいくつかあった。

エンジンも車体も、TMレーシングにライダーが試されているのではないかと感じる。「俺たちは、完璧なモトクロッサーを作った。あとは活かすも殺すも、ライダー次第だ」と。梅田君がこれで速く走れるのは、マシンを活かせているからだろう。僕は……これを借りて乗り込む必要がありそうだ。

TMレーシングをして、“誰にでも乗れるファクトリー品質のマシン“とは、何度も使われてきたキャッチコピーである。辻は最後に言う。「ファクトリーバイクって市販車の角が立ったパワーを落とすような作り込みをしていくんですよ。TMの乗り味って最初から角が丸いというか、乗りやすいエンジンに仕立ててあって、言うなれば最初からファクトリーらしいのかもしれません。精度の高さもまるでファクトリーのようですよね。ファクトリーって市販車より精度を追い込んでいるので、変なタイムラグやパワーの谷間が無い印象なんです」

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