2022年12月4日、ハードエンデューロ世界選手権のトップライダー、グラハム・ジャービスが来日した。ジャービスはイギリスのトライアル選手権で5度のチャンピオンを獲得。ハードエンデューロではエルズベルグロデオで5回、ルーマニアクスで6回優勝しているレジェンド。ジャービスを呼んだのはメーカーでもブランドでもなく、石戸谷蓮が主催するイベント、CROSS MISSION。石戸谷はエルグベルグ・チャレンジを始めた頃からこの計画を練っており、ジャービスからもOKをもらっていたのだが、コロナ禍で延期せざるを得ない状況が続いていた。今回ついにそれが実現したというわけだ。
イベントは「2022CROSS MISSION World Rider IN KEGONBERG」。会場は神奈川県厚木市の人の森株式会社 華厳工場に作られた特設コース。土曜日に少人数を対象としたジャービススクール、日曜日にはレースが開催され、ジャービスと一緒に走ることができた。
世界トップライダーのサービス精神に感服
今回、主催の石戸谷からジャービスへのサイン、記念撮影の依頼は「基本的にフリー」とアナウンスされた。そのため、ジャービスがハイエースから降りると、途端に周りに人垣ができ、それは石戸谷が大会スケジュールの進行のために終わりを告げるまで30分以上も続いた。
日本のファンの歓迎ぶりにジャービスも終始笑顔で気持ちよくサービス。キャップ、Tシャツ、ジャージなどはもちろん、折れたリアフェンダーにもサインに応じた。
ジャービスが歩く後ろをくっついて移動する観客とメディア。まさにスターだ。
そして間も無く、危険すぎてレースでも使えないというロックセクションでジャービスがデモンストレーションを開始。
大きい岩の上でほぼゼロスピードのフロントアップ。ここからフロントを落とし、岩の隙間にフロントタイヤがハマるリスクを回避した。
もちろんステア状の岩もなんのその。
その後もパドック前の広場に用意された岩を使って飛び降りやウィリーなどを披露。
比較的シャイな日本人が、このはしゃぎよう。
恐るべしスムーズ・ライディング
止まらず走り続けることの凄まじさ
レースのエントリーは120名。彼らは最後尾からスタートするジャービスが「いつ自分を抜いてくれるのか」とドキドキしながらも必死で逃げた。
ジャービスがトップに出たのは、スタートしてから驚くほどあっという間だった。時間にして5分もかかっていなかったのではないか。ヒルクライムだろうが、激下りだろうが、ロックだろうが、渋滞だろうが、全く動きを止めないのだ。
延々と続くロックセクションも息一つ乱さず、淡々と走り続ける。当然、下見なんてしていないはずなのに、一瞬でベストラインを見つけ出し、タイヤ一本分のわずかな隙間を正確に通す。時にはコーステープギリギリに(おそらく意図的に)設けられたラインや「え、そこ!?」というような難しいところを、いとも簡単にクリアし、先に進み続けた。
ヒルクライムでもロックでも「勢い」で走ることはない。常に一定のスピードで、正確に。迷いのないスムーズ・ライディングだった。
こちらは今回のコース最大の難所「Not Jarvis Style」。自身の名を冠したこのセクションには、さすがのジャービスも戸惑っていた。ほぼ180度に展開された垂直の壁のどこかを登らないと、先に進めない。マーシャルも誰も試走していないため、ラインの跡は全くない。
ジャービスが最初に行ったのは登れそうな壁の前で前後にバイクを動かし、グリップの確認と、加速するための路面を作ること。
しかしそこからの登頂はリスクが高そうだと見ると壁をぐるぐる走り出し、登れそうなところを探索し始めた。決して無茶なアタックはせず、様子見をしたあと、結局最初にアタックしようとした場所へ。
助走を大きく取ってしっかり加速し、華麗に一発登頂。集まった観客を大いに沸かせた。
その後もジャービスは誰にも追いつかれず、単独行を続けた。撮影班はコース外のフラットな道をバイクで移動しているのに、同じくらいの速度で次々とセクションを走破していく……。
あっという間にフィニッシュヒルクライム。
1周に要した時間は僅か39分。2周目26分25秒、3周目26分15秒、4周目24分、5周目23分30秒、6周目25分と、ハイペースで周回を続け、ゴール。
「ぶっ刺し先生」こと藤原慎也が日本人の中で唯一3周し、2位。
3位、大塚正恒。4位、泉谷之則。5位、原田皓太。6位、佐々木文豊。7位、西川輝彦。ここまでが2周。8位、TAKA(写真は代理)。9位、和泉拓。10位、ZEROとなった。
こちらがジャービスの1周目ヘルメットカメラ! 恐るべきスムーズ・ライディングは必見。
こちらはBIKEMANチャンネルによるレースのハイライト。
「基礎練習を繰り返しやることが世界につながる」
レースを終え、日本人ライダーの走りを間近で見ていたジャービスに、レースの感想と「もし日本人がエルズベルグロデオやルーマニアクスを完走したいなら、どうすればいいか」を尋ねてみた。
グラハム・ジャービス
「日本の皆さんの熱意がすごく伝わってきました。本当にありがとうございます。呼んでくれた蓮にも感謝したいです。そしてレースに参加した皆さん、ナイスファイトでした。この会場が本当に素晴らしくて、とても楽しく走ることができました。サンドやロックのとてもハードなセクションがたくさんあって、すごく面白かったです。
今日見させてもらった限りですが、もし日本人ライダーがエルズベルグロデオやルーマニアクスのような世界のレースを完走したいなら、もっともっと基礎練習を繰り返しやると良いと思います」
ジャービスは土曜日のスクールでもトライアルをベースにした基礎練習の大切さを繰り返し伝えていたとのこと。さまざまなシチュエーションでの基礎の繰り返しが、あのスムーズ・ライディングの礎になっているのだろう。
ジャービスが乗っていたバイクは?
ジャービスがライドしたバイクはハスクバーナ奈良が用意したTE250。そこにジャービスが持ち込んだパーツを移植したもの。
持ち込んだパーツはまず11丁のフロントスプロケット。ローギヤを使ったコントロールの精度を高めるために欠かすことができないパーツとのこと。
ジャービスは今回、韓国やチリ、カナダなど諸国を巡る旅の途中で、スプロケットの他にシリンダーヘッドを使用も持ち込んでいたが、300cc用だったため今回は出番がなかった。
そしてジャービスデカールが貼られた外装一式。これさえ貼ればもうジャービスマシンが完成する。SEA TO SKYのゼッケンが貼ったままなところもファンにはたまらないポイントだろう。
藤原慎也「豊富な経験による判断力がすごい」
日本のハードエンデューロライダーを代表して、エルズベルグロデオ完走を目指してチャレンジを続ける藤原慎也にジャービスの走りについて聞いてみた。
藤原慎也
「今日のコースは僕にとっても難しいところはありませんでしたし、ジャービスと比べてもテクニックが大きく劣っているとは思いませんでした。ただ、ジャービスはとにかく場数を踏んでるな、と思いました。経験値が恐ろしく高いので、僕がちょっとラインに悩むようなセクションでも瞬時に判断して最適なラインを行っちゃうんです。アクセルワーク一つとっても僕が『ここ丁寧にしていいの? 足りなくなるんじゃない?』って思うような時でもジャービスは大丈夫ってわかるんでしょうね。ほんの少しアクセルを開けるだけでリアがずり落ちてしまうようなキャンバーでも、すごく丁寧に走りをコントロールしていましたね。あとはスピードが速いですね。これはセクションだけじゃなくて移動路も含めてです。スロットルを勢いよく開けるとマシンが暴れて疲れるんですけど、ジャービスの音を聞いてるとジャービスのバイクは「ボワアアア……」という感じで、低速のレスポンスがすごく特殊でした。あれは持ち込んでいたシリンダーヘッドの効果かもしれないですね。
僕は今年で全日本トライアル選手権のフル参戦を終わりにしたので、来年はエルズベルグロデオに専念しようと考えています。それが再来年はルーマニアクスかも知れませんし、アフリカエコラリーかも知れません。そのようにトライアルライダーである僕が他の競技に参加することに意味があると思うんです」
「物語はここで終わらせない」
ジャービス招聘に対する石戸谷蓮の想い
ジャービスが来日する条件は至ってシンプル。2日間(スクール+レース)で約200万円というギャランティだ。石戸谷はそれを捻出するために自らのイベントCROSS MISSIONを企画、ジャービススクールは8万8000円、レース参加は2万〜2万5000円、観戦は5000円という金額で募集をかけ、スクールは15名、レース参加者120名、観客203名が集まった。
石戸谷蓮
「今エンデューロは毎週のようにイベントがたくさんあって、それを支えているのはライダーたちのお財布です。だんだん、より価値のあるイベントだけに人が集まるようになっていくと思います。日本のプロスポーツの代表といえば大相撲、プロ野球、Jリーグ。ハードエンデューロがそれらと同じステージに上がるのはとても現実的ではありません。しかし近年ですとバスケットボールや卓球などもプロスポーツ化されています。せめてそのくらいのレベルには到達できないと、僕らのやっているこの競技は社会に対してなんの影響も与えることができないと思うんです。
僕はハードエンデューロというスポーツをお金を払って観に行くことが当たり前の世界にしたいんです。極端な話、エントラントが10〜20人しかいなくても、観客が500〜1000人集まればいいと思っています。フィギュアスケートとかがまさにそうですよね。そのためにはこのケゴンベルグのようにホスピタリティが高く、キャパシティの大きい会場が必要です。最初のケゴンベルグでは入場無料で観客を集めて1000人集まりましたが、今回は有料で200人。この数字を増やしていくのが、今僕が抱えている課題です。多くの人が集まってくれれば大会にスポンサーがつきます。そうしてライダーのエントリーフィーだけに頼っている大会運営から脱したいんです。そうしなければ、やがて誰かが赤字を負担し続けなければ継続できないようなイベントになってしまいます。昭和の好景気な時はそれでも良かったかも知れませんが、僕らの時代でそのスタイルを続けていたら、潰れてしまいます。
僕はハードエンデューロの未来を考えて、今やらなければいけない布石を打ち続けているんです。ジャービスを呼んだのは日本人ライダーのレベルアップのためです。今回のイベントは赤字でしたけど、それでも続けなければいけないんです。今回来られなかった人たちも『SNSで盛り上がってたから次こそ見にいきたい』って思ってくれれば嬉しいです。ここは序章なので、物語はここで終わらせません。これをキッカケにして日本人が自分に足りないスキルがわかってきて、練習メニューを考える。イメージの次元もワンランク、ツーランク上がってくるので、こういう機会をどんどん作っていかないといけないと思います。そうして今よりももっとライダーのレベルが上がって観客を魅了できるようになっていけば、それこそが文化が育つということだと思うんです」
なお、石戸谷は来年もジャービスを日本に呼ぶことを明言している。今回さまざまな事情で参加できなかった人もぜひ参加を検討してみてほしい。