オフロードのフェラーリと形容される珠玉のブランド「TM Racing」。その車体は高価だがある種の人々を熱狂的なファンにすることで知られている。今回は世界最速でスロットルボディFIを採用した2ストロークを試乗した
PHOTO/井上演
エンスージアストが納得するマシン
TM Racing
EN 144 Fi 2T
日本において唯一無二のエンデューロジャーナル「ビッグタンクマガジン」を発行する編集長春木氏は「TMを本質的に理解するには、このメーカーがレーシングメーカーであることを知っておく必要があります」と言う。「TMは1976年に立ち上がったのですが、すぐ翌年には最初の市販モデルが発表されています。この時点でTMは自社製の空冷2サイクルエンジンと、オリジナルのフレームを使用していました。欧州のブランドは日本とは違って、エンジンをロータックス社やザックス社などから購入し、自分たちの車体に載せる手法でモーターサイクルを製造してきましたが、TMはオリジナルにこだわったのです。1977年の7月には自社製のエンジンが量産体制に入っていて、モトクロス、エンデューロ両方のモデルを手がけていました。この初期モデルがイタリア選手権、世界選手権で通用したのだからどれだけ凄いことかわかるでしょう。TMは創設以来、現在に至るまでレーシングマシン専門メーカーとして続いています。
今も僕たちが購入できるTMのバイクっていうのはこの歴史の延長線上にあって、そのままトップレベルのレースで通用するバイクだということを理解する必要があると思います」と前置く。エンデューロバイクを製造するブランドのほとんどが実際のレースに関わってはいるものの、ここまでレースマシンだけに集中しているメーカーはTMしかないだろう。
またtmは最新テクノロジーをいち早く市販車に搭載することでも知られている。欧州のエンデューロバイクでは唯一アルミフレームを採用しているし、4ストロークマシンはダウンドラフト化をやはりいち早く推し進めた。そして今回試乗するEN 144 Fi 2Tは世界で初めてスロットルボディにインジェクターを搭載したエンデューロマシンである。ライバルであるKTMが2023モデルで掃気インジェクターからスロットルボディに移行しているが、TMは1年早く2022モデルで採用しているのだ。
精密さに磨きをかけた144エンジン
試乗会場は長野県御嶽に新設されたONTAKE EXPLORER PARK。スノーリゾート地でふもとの標高は1680m、頂上は2240m。つまり小排気量の2ストロークからすると、セッティングを出しづらい苦手なロケーションだと言えるだろう。標高1500mを越えるようなフィールドでは、小排気量の2ストロークではボコつきや息つきが頻繁に発生しやすい。ご存じのとおり酸素の薄さによるものだが、ジェッティングを薄めにしたとしても酸素が不足するためにパワーがどんどん落ちてきてしまう。さらにはこのONTAKE、スキー場ベースであるため長い長い上りが基調でパワーが必要なコースである。小排気量2ストマシンでは厳しいのではないか、来場時誰もがそんな思いを抱いたが、春木氏のコメントは想像とは違っていた。
「標高に関してはまったくセッティングフリーでした。気持ちよく回るtmのエンジンを思い切り楽しむことができましたね。
昨年モデルからスロットルボディのインジェクターを採用していて、そちらにも僕は試乗しているのですが、今年のモデルはインジェクションの精密度が上がっていると感じました。まず2021年以前の掃気ポートインジェクションに比べて、始動性が圧倒的によくなっています。始動してからエンジン回転が安定するまでの時間もとても短くなっています。
スロットルのツキは非常によくなり、全体的にパワー感も向上していて開ければ開けるだけすぐについてくるんですね。非常によくセッティングされたキャブレターマネジメントのエンジンなのではないか、と錯覚するほどでした。それと144ccなので125ccに比較すると全体的な余裕があります。125ccのエンジンの方が比較的伸びやかな回り方をするのですが、クラッチをつないですぐに走り出すことができるし、半クラッチもそれほど必要としません。回転を落としてしまってもすぐにスロットルだけでついてくるという点でも、125ccとはまるで性格が違うものだと思います。
そもそもTMというのは80ccや125ccのバイクでイタリア選手権や世界選手権でチャンピオンを獲ってきたメーカーです。レーシングカートのエンジンサプライヤーとしても非常に有名で、もしかするとバイクよりもレーシングカートの世界での方がtmっていうブランド力は高いぐらいです。小排気量を非常に得意としているメーカーですから、今回乗った144ccにしても排気量のクラスを越えた出力を持っています。全体的に他メーカーに比べて一回りリッチなパワーを持っているエンジンだと思います」
ストロングな車体
強靱なツインスパー型のアルミフレームも、TMを語る上で欠かせない特徴だ。春木氏は語る。
「TMのフレームの基本設計は、実は全排気量同じです。なので125/144について言うと、他のメーカーに比べると少し大柄に感じると思います。排気量が小さいからといって乗るライダーの体格は変わらないですよね。なので走破性のために同じ車格を持っているっていう理解をしてもいいと思います。アルミフレームになってまもなくの頃には、ちょっと車体が強すぎるなっていう感想を持ったこともあったんですけど、それが年々解消されていって現在のシャシーでは強靭ながら嫌な硬さをほとんど感じなくなりました。
どちらかと言えばこの強靱なシャシーをそのままに、サスペンションがしっかりした仕事をしているという感じです。とにかくストロングなサスペンションで、フォークを支えるブラケット、それからヘッドパイプ周りのフレーム剛性含めて、やっぱり非常に強靭でハイスピードに対応してると思います。ハイスピードでギャップに突っ込んだ時などに、しっかりサスペンションが衝撃を吸収しているなと感じます」
永遠のビギナー、ジャンキー稲垣のお手軽インプレ
なんせメカ好きなので変わったバイクは大好物です。縦割りエンジンのフサベルとか未だに欲しいくらい……。そんな僕から見るとTMはいい意味で変態バイク。一体どうやって作ったんだろう……と首を傾げる箇所が多すぎて、もうこのバイクの前で酒を呑みたい気分である。
エンデューロバイクには125ccベースだけども、少しボアアップしてパワーや低速トルクに余裕を持たせたバイクが各メーカーに存在する。実はこの手のバイクが僕は好きになれなかった。高回転までビンビンに回して乗る125ccほど回らないのに、250ccに比べて低速トルクもないからとろとろ走ることもできない。どうやって走ったらいいのかわからないから、乗っていて面白くないのである。これは、おおよそ「ボアアップ」に起因するモノだと思われる。125ccで最高のエンジンを各社作ったあとに、ほんの少しの味付けのため大きめなシリンダーとピストンを用意して簡易的に新たな排気量のバイクを作る。
ところが。TMの125ENと144ENのスペックをみてみると、ボア×ストロークは54×54.5mm(125)、56×58.2mm(144)とある。つまりクランクから違うわけだ…。むう、これは興味深い。どういうもんなんだろう?
コースインして目が覚めた。この144エンジン、他社の125ccを遙かに超えて125ccライクなのである。カッキーンとこれでもかと言うほどに高回転まで回りまくり、さらにパワーは125ccのひとまわり以上強力。パワーバンドに入った時の興奮度は、モトクロッサー125ccを上回る。低中速はあまり無い。輸入元のうえさか貿易さんに忖度して「やはり太い低中速で楽だった」と書きたいところだが、正直に言ってそこまで太くはない。とにかく中高速のパワー感がとんでもないのである。ONTAKEの斜面をパワーバンドに入れて上ると、脳から変なホルモンが分泌される。こ、これは……もうよくわからないけど欲しい!!!!!! なお、低速は昔の2ストモトクロッサーのような細いトルクではなくて、だいたい125ccエンデュランサー並にあって粘るから、マシンなりには走れる。ただただ速く走らせようと思うと、こいつは手強い。手強くて気持ちいいから、とんでもなく乗り手を魅了するのだ。
手強いのはエンジンだけじゃない。そもそも春木氏が言っているとおり車体は250ccと同じで、身長180cm体重70kgの僕ですら足つきはおぼつかない。エンデューロバイクはある程度低めに作られているモノだけれど、これはかなりスパルタンな車体だ。久々に足がつかなくてポテごけしそうなことが何度もあったのは内緒である。サスペンションも初期のあたりは荒々しく、小さなギャップなど無視しろとバイクに言われているようだ。ところがスピードが出てくると、スキー場にある水切り用の深い溝など普通なら前転しそうなシチュエーションでもしっかり耐えてくれる。とにかくストロングでスパルタンだ。3時間ぶっつづけで走るクロスカントリーに出るなら、だいぶいろんなところを柔らかくして疲れないようにする必要があるだろう。でも、そう、これはオンタイムエンデューロのテストで最速タイムを世界で狙いに行くバイク。疲れづらい必要なんて無いのだ。純粋に速ければいい、それだけなんだ! マジで惚れるイタリア娘!!