現地7月26日、ついにルーマニアクスはその華舞台とも言えるインシティ・プロローグを迎えた。シビウの中心地のストリートを全面通行止めにし、丸太やロック、タイヤやジャンプなどの人工セクションのコースが設計された。
まずはチームジャパンが会場に到着するとシルバークラスがプロローグを始めており、緊張感が高まっていく。間も無くシルバークラスが終了し、次は岡庭、横田、奥が参加するブロンズクラスだ。
シルバークラスが終わった後、改めてブロンズライダーのコースウォーク時間が設けられ、下見を終えた3人。左から岡庭、横田、奥。
人柱となって後進に道を示した
岡庭大輔
ゼッケン順の出走となるため、チームジャパンで最初にプロローグに挑んだのは岡庭大輔。愛用しているトロイリーデザインの水玉ウエアを着ていたら多くの海外ライダーから「そのウエアはオリジナルか?」と質問攻めに遭ったという。普通に市販品なのだが、岡庭の他にこのウエアを着ているライダーは1人もいなかった。
プロローグのセクションはスタートしてすぐに丸太セクションがあり、一本橋、縦タイヤ、そしてランプ、ガレ上りからのV字型のウッド、ガレ下り、横タイヤ、ランプという構成。特に難しかったのは、この3つ目の縦タイヤだ。
この丸太を登ると、そのまま縦タイヤセクションに入る。コース幅いっぱいに広がっているが、端から落ちると大事故確定のため、真ん中のバイク3〜4台分以外は基本使えない。
そのため、そのラインで誰かがミスしてハマっていると、こちらも停止せざるを得なくなり、再発進に大いに手間取ることになる。
ガレ下りセクションも、ちょっと気を抜くと前転しそうな怖さがある。
岡庭のリザルトがこちら。テストタイムは6分26秒でブロンズクラス176位。縦タイヤで大きく時間をロスしたことが響いてしまった。
岡庭大輔
「タイヤまでは順調にいっていたのですが、あれはダメですね。一度止まったら、再発進がかなりきついです。すると押すしかないんですが、足もつかないので降りて一つずつタイヤを溝に落として、あげてを繰り返すことになりました。そこでタイムを出すのはもう諦めましたね。他に難しかったのはやっぱりガレの下りですね。前転しそうで怖かった……」
「ランプは飛ぼうと決めていた」
横田悠
続いて出走したのは横田悠。序盤の丸太からジャンプを織り交ぜ、アグレッシブに攻めた。
岡庭が苦戦した縦タイヤも横田はスムーズにクリア。
終盤の横置きタイヤセクション。
そしてラストのランプで見事なジャンプを披露し、クリア!
こちらが横田のリザルト。2分18秒で36位。実はクラス30位までに入るとプロローグの決勝レース(30台が一斉に、10分+1周でプロローグコースを走る)に出られるのだが、惜しくも漏れてしまった。
横田悠
「岡庭さんには申し訳ないですが、岡庭さんの走りを見られたおかげで、だいぶイメージが掴めました。下見の段階では縦タイヤも『止まっちゃっても押せばすぐ抜けられるだろう』と思っていたのですが、岡庭さんが苦戦していたので、『あ、これ止まったらダメなヤツだ』と。なので縦タイヤに入る前にラインが空いているのを確認して入るようにしました。最後のランプは飛ぼうと決めていたんですけど、直前の横タイヤを走っているところで既に腕上がりしてしまっていて、クラッチを握る握力がなかったのでランプへの進入ラインに入れず、ちょっとだけタイムロスしちゃいましたね。あれがなければ30位に入れたかも知れないですね」
攻めの走りで前転×2も、好リザルト
奥卓也
ブロンズ組ラストは奥。スタート直後の2連丸太をジャンプで飛び切り、その後も攻めの走りを見せた。
しかしやはり難所は縦タイヤ。ここで奥はフロントが溝にハマり、前転。バイクも身体も無事で、すぐに復帰したものの、タイムロス。
その後は順調にハイペースでセクションをこなしていく。
しかしこのV字ウッドで2度目の前転!
それでも気合の走りでゴール。
奥は2分58秒で61位。2度の前転がなければかなりの好タイムが期待できそうだ。
奥卓也
「こういうプロローグはSea To Skyでも経験していたんですけど、今回が一番楽しかったですね。あっちは下が砂浜なので、もっと難しいんです。ただ、こっちはアスファルトだから転んだら痛いですけど。縦タイヤは止まらず突っ切るつもりが前転してしまいましたね。ですが、押しでは腰に少しバイクを乗せてリアタイヤを滑らせて斜めに進む感じで移動し、早めに抜け出すことに成功しました」
ゴールドクラスに出走した山本礼人
世界ハードエンデューロ選手権デビュー
ブロンズクラスが終わった後はアイアンクラスやアトムクラスがプロローグを走った。チームジャパンはその間にシビウの街でPCR検査を受けられるところを見つけ、ランチを済ませた。
そしていよいよゴールドクラスのプロローグが迫ってくると、上空には中継ヘリが姿を見せ、観客も増えてきた。
今回ゴールドクラスにエントリーしていた山本と佐々木のうち、佐々木は昨日のツーリングでラジエターホースを破損してしまい、修理のためプロローグは棄権を選択。元々佐々木の得意分野ではないため、悩んでいたのだ。山本も参加を悩んでいたものの、ブロンズクラスの走りを見て火がついたのか「僕は出ます」と笑顔で答えた。
上の写真に違和感を持った人も多いと思うので説明しておくと、山本は日本から持ち込んだZEALOTのヘルメットで車検を受けたが、頭部に大きなキズがあったため通らず。やむなくクロスパワーからヘルメットを借りてレースに参加している。
ゴールドクラスに日本人が出るということで海外のメディアにインタビューされる山本。
キッズにも大人気! サインを求められ漢字で書いてあげたそう。
そしていよいよ、ゴールドクラスのファクトリー ライダーたちがスタートした。タディ、マニー、マリオ、日本でも有名な世界的トップライダーたちが次々と華麗な走りを見せる中「本当にこの後、山本礼人が走るのか」と思うと、胸の高まりが抑えられなくなる。
そして山本の番。毎年様々なレースで似たセクションを経験しており、昨日のメディアショーで散々このコースを練習した他のゴールドクラスライダーたちと比べてしまうと、あまりに可哀想というものだが、山本は果敢に攻めた。
ブロンズ組が避けた距離の長いランプもジャンプ!
場内アナウンスでも「カモーン、アヤト・ヤマモト!」と応援され、ゴールドクラスのみ設定されていたヒート2でも諦めない走りを見せた。
横田も飛んだファイナルジャンプもしっかり決めた。
山本のリザルトは1分46秒。出走したゴールドクラス30台中29位。これはつまり「世界で29位」だ。素晴らしい成績と言える。
山本礼人
「プロローグの動画をたくさん見て予習してきて『いけそうじゃん?』って思ってましたが、いけませんでした。当たり前ですが、やってみると全然難しいです。まずスタートして2秒で息が上がって、そこからは何も考えず夢中に走ってました。とにかくセクションが日本では味わえない大きさで、たった2分弱のレースなんですけど、まるでCGCのゲロゲロクラスを3時間走ったかのような疲れ方をしました。一応29位なので、ゴールドクラスのプロローグ決勝レースには進めたんですけど、トップライダーとのスキルの差が大きすぎるので、危険と判断し、欠場を決めました。決勝レースはこのコースを10分+1周走り続けるので、正直一般人には耐えられないですよ」
数ヶ月前にゴールドクラスにエントリーし、今日までの旅で会った様々な人たちに「マジか?」と言われてきた。正直取材班も今日まで、この事実をあまり深く考えていないところがあった。しかし、実際にゴールドクラスで走る山本の姿や、周囲から向けられる注目の大きさを見て、改めてこの参戦は、ものすごく大きな意味をもつものなのかも知れない、と思い始めている。
こちらはゴールドクラスのプロローグ決勝レースの様子。こんな世界のトップ・オブ・トップ、プロがひしめくルーマニアクスのゴールドクラスに、日本人が出る。しかしプロローグのコースは決して山本の主戦場ではない。それでも「ゴールドに出る日本人の存在をアピールできたので、プロローグに出た意味はとても大きかった」と山本は言う。明日から始まるハードエンデューロこそが、山本、そして佐々木の本領を発揮できる舞台だ。「予選29位で終わるものか……!」山本の目はしっかりと完走を見据えている。
かつてエルズベルグロデオを完走して一気に世界の注目を集めるライダーに飛躍した田中太一のように。幼い頃、田中に憧れてその背中を追いかけ、ハードエンデューロの世界に飛びこんできた山本の、本当の意味での世界への挑戦。その最初の一歩が、今まさに始まろうとしているかも知れない。