トライアルIASで活躍するだけでなく、シティトライアルジャパンを主催するオーガナイザーでもあるオフロードバイク界きっての頭脳派・藤原慎也が、宇宙一ハードなエンデューロ「エルズベルグロデオ」で日本史上二人目の完走を宣言。藤原が考える、完走への秘策とは……?
藤原慎也がハードエンデューロに取り組む理由
全日本トライアル選手権は小川友幸が9連覇中。黒山健一の父が率いたブラック団出身のライダーたちがあまりに強すぎて、その牙城をなかなか崩せない時代が続いている。IAクラスチャンピオン経験をもちIASで戦う藤原慎也も、なかなかトップを狙いにいけるほどの位置には届かないでいる。
トライアルという競技は藤原の言葉を借りると「1週間乗らないだけでスキルが落ちる。2週間乗らなければトライアル人生は終わる」ものなのだそう。だから、トライアル選手権に参戦しながらハードエンデューロの練習時間を作るのは藤原にとっては至難の技だった。。それでも、藤原はエルズベルグの完走を目指してこの半年、なんとかやりくりしながらしっかりと準備とトレーニングに取り組んできた。そのせいなのか、今季の全日本トライアルは過去最悪の成績で推移している。そうまでして藤原をハードエンデューロに駆り立てるものはなんなのだろうか。
「エルズベルグは、クレイジージャーニーにとりあげられたり、どんどん日本での知名度をあげているレース。あれに挑戦できる人は、いい意味でクレイジーだと思われますよね。だから、エルズベルグなんです。エルズベルグで完走することは、大きなPRの価値があります。だから今年はトライアルで成績を出すこと以上にエルズベルグロデオでの完走に向けて頑張っています。
トライアルライダーたちは、少し前まではハードエンデューロに興味を示してきませんでした。ですがハードエンデューロとトライアルは同じ方向性を持つスポーツだから、自分がハードエンデューロでトライアルのスキルを使いこなすことで、トライアルとハードエンデューロのいい関係を作っていけるのではないかと思っています。
それにシティトライアルジャパンもそうなのですが、僕はトライアルを盛り上げたいというより、もっと広い枠でバイクというスポーツを盛り上げたいという気持ちが強いんです。だからトライアルに注力してきた人生ではありますが、エルズベルグロデオに僕のオフロード人生を注ぎこむことは、自分からしたら筋の通っていることなんですよ。軸にブレはありません」
シティトライアルジャパンを見てもわかるとおり、藤原の根底にあるのは自分が人生を賭してきたバイクというスポーツを盛り上げたいという気持ち。そして、その気持ちは藤原のとてつもなく強靱な実行力に支えられている。
問題は予選だ。スピード競技に慣れない藤原が目指す3列目
エルズベルグロデオはタイムトライアルの予選で上位フィニッシュすることが、非常に重要だ。50名ずつ10列にわたって並ぶスタートは、おおよそ3分おきに1列ずつスタート。1列目あるいは100歩ゆずって2列目でスタートしない限り、確実にレース序盤の渋滞に阻まれてしまう。かつて田中太一は5列目から完走をものにしたが、これはエルズベルグ史上ありえなかった「事件」レベルの偉業。田中も「渋滞しているライダーを踏みつけて後ろからののしられながら前進を続けました。あんなことは俺にしかできないですよ」と豪語する。トライアルに打ち込んできた藤原には、スピードスキルは少なく不安がつきまとう。
藤原が言うには「僕が現実的に目指せるのは3列目だと思うんです。1列目、2列目がとれるほどトレーニングを積めないことはわかっていました。でも、プラザ阪下をはじめ、蓮(石戸谷)が誘ってくれたケゴンベルグ会場でスピード練習をして、だいぶ感覚をつかめてきたと思っています。やってみないことにはわかりませんが、3列目まではいけるんじゃないかな。
ポル・タレス(今回テネレ700で参戦する強者)は予選でしくじって後方スタートになった時、渋滞を越えるために壁に岩を積み上げ、それをきっかけにして渋滞を乗り越えたりしていたそうです。渋滞しているライダーを踏んでいくようなことも時には必要になるかもしれませんが、やってやると思っています。それに、今年はノーヘルプルールができたのでコースが難しくなく、そこまで渋滞が酷くないんじゃないかなとも予想しています。去年のG-NET特別選抜戦で優勝できたことが僕の中で大きな自信になっていて、田中太一さんのあとを追える希望が見えました。自分のポテンシャルをすべて解き放って、フィニッシャーを目指したいですね」とギリギリの作戦を披露する。覚悟はある。あとは、できるだけ予選で好成績を残すことだ。
奇跡的に作りあげた体制
藤原がエルズベルグロデオへの参戦を思いついた6カ月前、たまたまビバーク大阪ではヨーロッパにバイクを運ぶ計画があった。ビバーク大阪がサポートするトップライダーたち、ISDEやEnduroGPに参戦する保坂修一、ルーマニアクスに参戦する山本礼人のマシンをコンテナに積んで送る手はずが進んでいたのだ。たまたま同じ時期に動いたことが、藤原にとって思いがけないチャンスとなった。そうだ、このコンテナ作戦でエルズベルグにも参戦できればいい。話はトントン拍子に進んだ。
「もてぎで毎年トライアル世界選手権があるのですが、これに僕も出ています。そこで会う海外のプライベーターたちの大変な姿をいつも見ているんです。彼らは日本のインポーターからマシンをレンタルするのですが、いちいちパーツがなかったり、セットアップに苦労したりしていて、とても戦うどころじゃないように見えるんですね。
当初は同じようにマシンを現地で借りることを考えていましたが、できるだけ避けたかった。日本でセットアップした自分のマシンを持ち込めることは、僕らにとってとても大きなアドバンテージになります。ビバーク大阪に声をかけた時期もよくて、奇跡的に最高の参戦体制を用意してもらえました。ビバーク大阪からはメカニックの吉田さんも現地に来てくれます。これほど嬉しいことはありませんよ。
金銭的にはクラウドファンディングで250万円を支援いただき、身に余るほどの好条件で参戦できます。ただ参戦するだけではなく、せっかくこの僕が行くのだからいろんなPR手段を用意していきます。本番までのお楽しみにしていてください!」
藤原が乗るマシンは、GASGAS EC300。マシンの手配がついたのは2月に入ってからのことだった。欧州へ運ぶコンテナは3月には出航してしまう。装備も足りていなかったし時間は足りなかったが、多くのエルズベルグ経験者からアドバイスを得てセットアップを進めた。
ハイスピードの予選ではスプロケットを14-50Tで用意。タイヤはダンロップEN91にした。最高速のテストはフィールドがなくてできていないが、プラザ阪下のテストではフィーリングはいいとのことだ。サスペンションはビバーク大阪がかかえるRG3サスペンションのセッティングで高速側を締め気味に。ハンドルのステムナットを締め込んで、さらにステアリングダンパーを追加し、直線で安心できる方向性を持たせた。慣れていないハイスピードレースに対して徹底的にリスクを排除する。
決勝ではスプロケットを12-52へ変更する。鈴木健二と同様に3速の伸び感をしっかり使えるようにセットした。エンジンの特性は排気デバイスで低速へ振るとのこと。タイヤはダンロップのガミータイヤAT81EXに、育てたムースを用意。藤原曰く「ハードエンデューロはタイヤが命。特にムースが大事です」と。
筆者稲垣の見立てでは、藤原のライディングスキルなら決勝における不足はないのではないかと思う。フィジカルはトライアル界きってのタフガイだった田中には届かないだろうが、最も体力を奪われるカールズダイナーをスキルで乗り越えることができれば完走も固いように思える。だが、やはり気になるのは予選だ。2019年のエルズベルグロデオではJNCCでCOMP-Aのトップライダーで走っていた木村吏ですら予選落ちを喫している。藤原が目標とする3列目に届くかどうか、そこに注目したい。