JNCC初年度の2006年も、このプラザ阪下から始まった
1984年に始まったハリケーンエンデューロに端を発し、2006年4月2日に華々しく全日本クロスカントリー選手権としてスタートしたJNCC。当時からJNCCの開幕は大阪のプラザ阪下で開催される「サザンハリケーン」と決まっている。関西有数のオフロードコースであるプラザ阪下はサンド質のモトクロスコースとイージーなエンデューロコースで構成されており、比較的モトクロスライダー有利と言われてきた。ただし、その甘い言葉に騙された全日本モトクロスのランカーたちを飲み込んできたのも事実で、一筋縄に「スピードだけで勝てる」ラウンドではなかった。
試されるのはタフネスである。全開で気持ちよく駆け抜けられる名物のストレートも見た目は良いが、時間を経るにつれてギャップの激しさが増していき、ライダーたちの体力を奪っていく。プラザ阪下常連たちによれば「阪下のストレートは開けるところじゃない。あそこで体力を温存せなあかんねん」ということらしい。全編にわたってハイスピードだから、ほとんど休めるところはない。スキー場ゲレンデ系のラウンドよりも、タフネスが重要だと言えるかもしれない。
JNCCが選手権としてその輝きを増していくにつれて、この阪下の開幕で一旗揚げようと考えるライダーも増えてきた。常設コースということもあって、レース周辺の土日には全国から事前練習にやってくるライダーがあとを絶たない。JNCCを優しくしたサンデーレーサー向けレースWEX(ウィークエンドクロスカントリー)がJNCC開幕前にプラザ阪下で開催されるため、ホンキのライダーたちはみな調整のためWEXにもしっかり遠征してくる。今のJNCCがいかに盛り上がっているかを知るには、この開幕戦サザンハリケーンを見ればいい。クロスカントリーを競技として取り組むアスリートから、生涯スポーツとしてクロスカントリーをエンジョイする層まで、多様なライダーたちが春の阪下に向けて集まってくるのである。
史上最凶、ジャイアントタイヤ&ログス
サザンハリケーンの勝負所といえば、丸太とジャイアントタイヤが有名だ。ゲレンデのラウンドにくらべ、ハイスピードで耐久モトクロスライクなレースになりがちだったプラザ阪下は、早い内から丸太や巨大なタイヤを組んで障害物とするセクションを造成してきた。丸太の組み方にも歴史があり、かつては加古川の先鋭的木こり集団が丸太を組んでいたなんてエピソードもある。300人以上のライダーが10周以上、つまり3000〜4000回は丸太に向かってスロットルを開けるわけで、基礎をしっかり固めなければならない。丸太組のノウハウは、サザンハリケーンの歴史そのものなのである。
その丸太セクションが、2023年はおそらく史上最凶だった。150cmはあろうかというほどの高さのジャイアントタイヤか、それより少し低い組丸太のどちらかを選んでクリアするのだが、最上位クラスのAAライダーをもってしても安定して越えていけるライダーは非常に少なかった。さらにはこのセクション、一度でも失敗すると迂回ルートへ回されるルールになっていて、この迂回ルートが非常に長い。とあるトップライダーのラップチャートをみてみると、丸太に成功した周は9分13秒。失敗して迂回ルートを走った周は10分13秒ときれいに1分落ちのタイム。ほぼ1割のタイムロスをしてしまうことになるのだ。
渡辺学がタイトル奪還を目論む。ヤマハ勢は2ストへスイッチ、熱田・成田もマシンを変更
現在のJNCCで多勢を占めるのがヤマハだ。昨年のチャンピオン馬場大貴、5回のチャンピオン経験者である渡辺学、そしてミスターエンデューロ鈴木健二。これに加えて中島敬則、大橋銀河らもヤマハテントにマシンを並べる。この2023年は、彼らヤマハ勢が吸気系統をふくめてフレームやエンジン以外を一新、新型になったYZ250X/125Xにマシンをスイッチして息巻いている。特に、日本のクロスカントリーでトップライダーが求めるパフォーマンスにもっとも適しているのはYZ250Xだと言われている。車体は軽く、2スト250ccならではの大パワーとレスポンスに優れるエンジンが、高低差が激しかったり、テクニカルなウッズがあるコースの性質とうまくマッチするのだ。馬場、渡辺もこの2023年はJNCC最速とうたわれるこのYZ250Xにライド。なお、渡辺は自身が運営するチームの都合上、昨年まで全日本モトクロスと日程が重なるラウンドに参加できなかったのだが、今シーズンはフル参戦することを決意。全力で再びJNCCのタイトルを奪還にやってきた。同じヤマハのタイトルホルダーである馬場が、この渡辺の強襲から3度目のタイトルを守れるか否かに注目が集まっている。
またモトクロスライダーとして日本のトップオブトップである熱田孝高、成田亮の両名も今シーズンからマシンを変更。熱田はKX450Xに、成田はCRF450RXへと乗り慣れている4ストローク450ccにスイッチしている。
そして今季からJNCCはトップカテゴリーAA1/AA2の棲み分けを明確に分離。これまでは2スト125/4スト250のライダーはAA1かAA2どちらでも選べるルールだったが、2023年はAA2のみに限定。AA1は2スト250/4スト450のみがエントリーできるクラスとなった。この新生AA2には純クロスカントリーライダーで昨年ランキング2位の小林雅裕、先述した鈴木健二や中島らが参戦。なお、チャンピオン馬場大貴の実弟にして昨年JECチャンピオンを獲得している馬場亮太も、このAA2クラスにスポット参戦している。これまでAA2にあえてエントリーするライダーは少なかったが、このルール変更によって両クラスの役割がはっきりとし、あらためてAA2が最高峰クラスへの登竜門としてトップランカーたちに意識されることとなった。
ミス無き完璧な丸太越えをこなす渡辺と
丸太2個跳びで他を圧倒する馬場
JNCCのスタートはオフロードレースの中でも特殊だ。エンジンを停止した静寂の中、スタートフラッグが振られるとライダーが一斉にエンジンをスタートする。モトクロスのようにスタートゲートは無いものの、エンジンを一発でかけるためのスキルが問われるのである。ピストンが毎ストローク爆発を起こし、圧縮も低い2ストロークが圧倒的にかかりやすく、セルスタートできる最新4ストマシン達もこの素早さには敵わない。
JNCCの最高峰クラスCOMP GPの開幕、スタートダッシュを決めたのはアウト側2グリッド目を選んだ馬場大貴だった。2ストロークのスタートでの優位性を存分に発揮した形だ。3コーナー目で馬場亮太が熱田のアタックに弾かれる形で転倒、4コーナー目では渡辺が転倒という波乱のスタートであったが、馬場大貴はバトルでペースを落とす2番手争いを尻目に猛然と差を拡大し、1周目ですでに2番手の視界から消えるほどの好走を見せる。1周目を終えた時点で、2番手争いは熱田VS成田というMXレジェンド同士の熱いカードに。そこから少し離れて4番手まで渡辺が順位を回復、5番手には小林雅裕がつけていた。ところが3周目には熱田・成田をパスして追い上げてきた渡辺が馬場大貴の背後へ。いよいよ本命同士のバトルに火が付いた。
このテールトゥノーズは、3周目の丸太セクションで決着。馬場大貴がジャイアントタイヤを超えられず迂回ルートを余儀なくされ、これで渡辺がトップに。このミス1つでなんと馬場は7番手まで順位を下げてしまう。ここから猛チャージをかけなければならなくなった馬場は、丸太セクションで丸太を二個飛びして他を圧倒。このタイミングで小林や小方をパスしスーパークロス顔負けのアグレッシブさで順位を回復にかかり、2番手へ。「バトル中にやられたら、相手の心折れるだろうなと思ってました。敵わないって思わせたら勝ちじゃ無いですか! マナブさんが後ろにいるときは飛ばなかったんですよ、見せたくなくて。ラストラップまでもつれたら、二個跳びして勝負をつけようって思ってたんで」とは馬場の後日談。
最終ラップまでに馬場は渡辺との差を54秒まで詰めていく。ところがその最終ラップで渡辺は周回遅れライダーのヒルクライムでのミスにつかまり、身動きのできない数十秒を喫してしまう。「これは不味いなと思いました。ジャイアントタイヤでミスったら負けちゃうだろうなって思ってましたよ(笑)。最後の一周はだいぶ緊張感ありましたね」とは渡辺の弁。おそらく渡辺と馬場の差は、この時点でほとんどないくらいまで接近していたと思われる。
しかしながら、最後の最後まで勝負はわからないもの。なんと、馬場はまたもジャイアントタイヤでミスしてしまう。背後には小方が追い上げてきていたため、馬場は「後ろに小方さんがいたのがわかってたので、迂回ルートで負けちゃうなと観念していました」と追い詰められていた状況を話す。ところがその小方が同じくこのジャイアントタイヤをミスし、馬場のあとを追うように迂回ルートへ。渡辺はタイヤをミスすること無くクリア、悠々と開幕を勝利で飾ったのだった。
最後の最後で勝敗を決めたこのジャイアントタイヤ、渡辺によれば「レース中に同じことを繰り返してるだけじゃないんですよね。最初はリアにあまり荷重をかけていなかったんだけど、周回ごとにリアに残すよう試してみるとクリアしやすくなることがわかってきました。リアが当たったときに止まってしまうとダメなんですよ、毎週トライ&エラーを繰り返した結果ですね。一回も失敗しなかったのが、結果に繋がったと思います」とのこと。多くのAAライダーが腕の疲労からミスが多くなってきていたのに対して、渡辺のジャイアントタイヤ越えは、終盤でもまったくブレがなく安心して見ていられるものになっていた。
馬場VS渡辺、2023年のホットトピックに
ベテランである渡辺のしたたかさ、それに比べればまだまだ若い馬場のリスクをものともしない勢いのあるライディング。二人ともにミスや転倒からしっかり順位を回復していく展開は、他のAAライダーとは一線を画している。これまでもJNCCでは、小池田猛VS鈴木健二、石井正美VS澤木千敏といった名2トップを生み出してきたが、今シーズンはこの馬場VS渡辺のバトルが最注目カードという構図になりそうだ。
2006年からはじまったJNCCでの最多優勝記録は、小池田猛と渡辺学で並んで5回。渡辺は「6回目をとって史上初になっておきたいんですよ。去年までは全日本モトクロスを優先していたんですが、そっちは人に任せることにして僕はJNCCにフォーカスすることにしたんです。いつまでレースに出られるかなんてわからないし、獲れるうちにしっかり獲っておきたい」と欲を見せる。馬場は「最低限の結果は残せたので、シーズン通してみればまずまずだと思っています。ミスのリカバリーもできたし、マシンもめちゃくちゃ走るからまだまだ良くなっていくとも思ってます。細かい課題も見つかりました。ただゲレンデラウンドになったら4スト450有利になってきますから、またその辺も難しくなりますね」とのこと。
粒が揃ったAA2クラスでは小林雅裕が着実にこなして1位に輝いている。総合でも4位、6位まで全日本モトクロスの一線級が名を連ねる中で、手堅いリザルト。本人も「成田さんたちに勝てたことがうれしい」と、クロスカントリーという自分が育ってきたフィールドでの強さを堅持している。また、AAの前のいわゆるアマチュアクラスであるAクラスでは、今年からフルサイズバイクに乗り換えたばかりの渡辺敬太(中学生)がクラスデビューウィン。AAライダーの渡辺裕之を父に持ち、昨年まで85ccながらクラスを超えた走りをみせていた少年が、いよいよトップクラスへの昇格をかけて檜舞台に上がってきた。総合でも13位と父を超える成績で、すでにAAで戦えるスピードを見せつけている。
第二戦は、これまた歴史の長い広島のテージャスランチ。牧場をべースとしたフィールドで、スピードやテクニック両方のオールマイティな能力が問われるラウンドだ。