全日本ハードエンデューロ選手権G-NET最終戦、Bikeman Presents G-zoneが愛媛県デッキーランドで開催された。韓国と台湾からも招待選手が来日し、今シーズンを戦い抜いた日本のトップライダーたちと共に超難関コースに挑んだ
2人の海外ライダーと田中太一が参加
「ぶっ刺し先生」藤原慎也の連覇なるか
G-NET最終戦の会場には昨年に続き愛媛県デッキーランドが選ばれ、駐車スペースの都合からG-NETランキング20位以内に入ったライダーと、他ジャンル(全日本モトクロス、全日本エンデューロ、全日本モタード、全日本ロードレース、全日本トライアル、JNCC)からは最高峰クラスランキング6位以上という条件付きで参戦を希望するライダー、そして海外からの招待選手のみがエントリー可能となった。
今年は全日本ロードレース選手権から濱原颯道、韓国のハードエンデューロチャンピオンのジェホン、台湾のトライアルライダー、チェン・マオが参戦した。G-NETランキング20位以内のライダーでは、高橋博と吉良祐哉が職場・家族などにコロナ陽性者が出てしまい、やむなく欠場。ZERO、森耕輔もそれぞれの事情で欠場となった。
このレースの観戦が許されたのは昨年同様、前日に開催される田中太一スクールを受講した10余名と、近隣ホテルからの送迎バス観戦ツアーに申し込んだ数名のみ。その代わりSNSへの投稿は過去最高数を記録している。気になる方はぜひ「#GZONE」で検索してみてほしい。
そして昨年もこの大会でエグゼクティブ・マーシャルとして走り、大いにレースを盛り上げた田中太一が、今年はさらにマシンを作り込んできた。あくまで「マーシャルとして」だが「本気で走る」と宣言。
予選タイムアタックに見る
田中太一とジェホンの違いとは……
昨年通り、決勝レースの前に予選タイムアタックが行われた。決勝レースはこの予選の成績順にスタートすることになるため、結果にも大きく影響する。予選コースも昨年と同じ。まずはフラット林道を少し走ったあと、崖を下り、丘を一つ超えたらヒルクライムを登って再びフラット林道というもの。ハードエンデューロというレベルではないが、スピードとテクニックを併せ持った者が上位に入る設定になっている。
予選トップタイムは韓国のジェホン。明らかに他のライダーとは一線を画するアクセルの開けっぷりで、タイムは1分20秒31。さすがKNCCチャンピオンといったところか。決勝スタート前からスタッフと観客を魅了してしまった。
ジェホンのライディングは少し大袈裟に言えば鈴木健二に近い、ワイドオープンでタイヤを空転させながらでも前に進むスタイル。それを300ccのマシンで行うため、その登坂力はまさに鬼に金棒だ。
2番手タイムを出したのは、西川輝彦。記録は1分25秒87。実は昨年の同大会でも小林雅裕、藤原に続く3番手タイムを出している。
3番手は藤原。記録は1分26秒12。藤原はトライアルライダーだが、スピードもある。さらにエルズベルグロデオの予選に向けてスピードトレーニングも積んでいる。
ところが最後に走った田中太一がなんと1分20秒28を記録。トップタイムのジェホンをわずか0.03秒上回ってしまう。しかし厳密には田中は選手ではなくマーシャルなため、これは参考タイムであり、レースでは最後尾スタートとなった。
ここで興味深かったのは田中とジェホンのライディングスタイルの違いだ。先にも書いたようにジェホンは300ccのエンジンをガンガン回し、タイヤを空転させてもパワーで前に進み、暴れるマシンを押さえつけるようなイメージだったが、田中は実にスムーズ。音だけ聞いているとジェホンの半分もアクセルを開けていないように聞こえた。マシンの挙動を予測して身体を動かし、暴れないようにしっかりとトラクションを感じながら、とにかくマシンの動きを止めないようスムーズにライディングしていた。そんな相反する乗り方の2人が、ほとんど同タイムという事実が、また実に面白い。
独走する藤原、それを追うジェホンと田中
決勝レースのコースは昨年のものをほぼ踏襲。CP2の沢とCP5の後のセクションがいくつか追加された程度。しかし、一つ一つのセクションをしっかり下見したライダーに言わせると「去年よりも土が締まっていてかなり走りやすそうです。コーステープの貼り方にも優しさがあり、沢の石も減っていて、完走させたいという塾長(コースレイアウター藤田貴敏の愛称)の気持ちが表れています」とのこと。
なおレース時間は4時間とされ、実際の進捗によって1時間まで延長の可能性が示唆されていた。
スタートしてすぐ、セクション3「選別ヒル」に最初に到達したのは藤原。中段で一度止まってしっかり登頂をイメージし、一発で登り切った。
続いてジェホン。中段で止まらず、勢いで突っ込んでそのまま登り切った。予選と同じく思い切りの良いアクセルワークで集まった観客を魅了した。そしてチェン・マオ、大塚正恒、佐々木文豊が続いていった。
藤原はそのまま順調にコマを進め、セクション9「スタジアムヒル」も一発登頂。さらに昨年苦戦したセクション10「やり直しキャンバー」も全く危なげなく通過した。
この地点でも2番手はジェホン。そして最後尾からスタートした田中が3番手。水上、大津崇博と続いた。
CP1を経由してセクション15「K猫の細道&脇道」は去年も多くのライダーが苦戦した難関ヒルクライム。そこを一番手で抜けてきたのはやはり藤原だった。
セクション16「倒木祭りMAX」では昨年同様、トライアルスキルを使って難なくクリア。この時点で藤原は2番手に5分以上のリードを築いていた。
「倒木祭りMAX」に2番手で現れたのは田中。
そして大きく遅れずにジェホン。ジェホンはモトクロス出身のクロスカントリーライダーで、5年ほど前からハードエンデューロをやっているが、トライアルは全くの未経験。それでいて、このテクニックは恐れ入る。
そしてCP2、CP3を経て「新デスバレー」と「旧デスバレー」が連続したセクション。
藤原は驚くべき下りの安定感を見せつけた。
藤原を追うジェホンはさすがにバイクを降りて慎重に通過。ヒルクライムを見ていると、ライディングスタイルの違いはあれど、藤原とジェホンには大きなタイム差は見られなかった。つまり、この下りのテクニックの差が、明暗を分けているのだ。
ジェホンに先行を許してしまい、追走する田中。
そして藤原は去年タイムアップを迎えたセクション29「爽沢会」に到達。そこもいともあっさり通過し、CP4を超え、終盤セクションへと進んでいった。なんと、去年4時間かかったはずのここまでの道のりを、わずか1時間30分ほどでこなした。
藤原が沢を登り切って折り返し、降りていく時、ジェホンと田中が沢に挑んでいた。その後ろに続くライダーの姿は、全く見えない。
トライアル未経験のジェホンだが、華麗にフローティングターンを決め、沢を進んでいく。しっかりとリアタイヤの位置を確認し、的確なラインチョイス、そして思い切りの良いアタック。ハードエンデューロセンスの塊のようなライダーだ。
現役を退いて普段はバイクに乗らない生活をしている田中は、さすがにスタミナ面でのハンデが大きかったようだ。休憩を挟みつつも着実に前進を続けた。
そこから先も藤原は独走を続け、あっさりとセクション38「真パーキングヒル」を一発登頂。その名の通り、パドックの目の前にあるため、多くの観客に見守られ、大歓声で迎えられた。ゴールタイムは2時間5分34秒。レース時間の半分ほどしか使わず、目標であった完走を達成した。
藤原慎也
「去年に比べてだいぶ土が固められていて走りやすかったですね。ただコースが長かったので、しんどいレースでした。特に新しく追加された沢はまだ固められてなくて、到着したのも僕が一人目だったので、抜けるのにとても苦労しました。でもまだ余裕がありますので、もう2つくらいCPがあっても走り切れたと思います。後半の沢で2番手を走るジェホン選手の走りが見えるタイミングがあったのですが、正直驚きました。モトクロス上がりのライダーと聞いていたのですが、低速の扱いもとても上手でした。少し焦ってペースアップしたくらいです。
タイヤはフロントAT81EXに、リアEN91で、去年パンクしてしまったのもあって、今年は前後とも柔らかめのムースを入れて使用しました。今は来年のエルズベルグロデオに向けてマシン作りを進めていて、先週ケゴンベルグに来てくれたジャービスのマシンからヒントをもらい、スプロケットを変えてきました。本当はフロントを11丁にしたかったんですけど、間に合わなかったので、フロントは12、リアを54丁にして同じようなフィーリングを得ました。ぶっつけ本番だったのですが、これがかっちりハマって、すごく乗りやすくなりましたね。あとこれまではチャンバーにFMFの中高速寄りのものを使っていたのですが、低速トルクを得るために純正に戻し、サイレンサーにノリフミのTORCを入れました。ハードエンデューロ用のセッティングはこれを基準にして、来年のエルズベルグロデオまでにもっと煮詰めていきたいと思っています」
2番手でゴール前に姿を表したのは田中。直前のロックセクションでジェホンを抜き去ってきたのだ。そして「真パーキングヒル」を華麗に一発登頂。しかし改めて説明しておくと田中はマーシャルであり選手ではないため、リザルトには反映されない。
田中太一
「今日は嘘偽りなく、全力で走らせてもらいました。すごくハードなコースで、本当に疲れました。現役を引退してからもスクールなどでバイクに乗らせていただく機会はあるのですが、ちゃんとレースに出るのはこのG-NET最終戦だけですからね。スタミナを回復するために休憩の回数もとても多くて、そこでかなりタイムロスしてしまいました。僕はできる限りバイクに乗って進みたいのに、塾長(藤田貴敏)の作るコースはバイクを降りて押すことが前提で作られているようなセクションも多くて、あとたった1mコーステープを広くとってくれれば直登できるのに、絶対にそれをさせたくない、という強い意志を感じましたね。ジェホンも藤原くんもとても上手かったです。さすが、ずっとバイクに乗っていて、これから名を上げようというライダーだと思いました」
なお、田中太一のマシンはKTM京都がセットアップしており、フロントフォークにはWPのXPLOR PRO 7448 AIR SPRING FORK(エアサス)を使用していた。こちらについては別途、インプレッション記事をお届けする予定なので、お楽しみに!
田中に続いてゴール下に現れたジェホンだったが、さすがに疲れが出たのか、「真パーキングヒル」に苦戦。終盤に現れる段差をクリアできず、捲れてしまうことも。
5度目くらいのトライで登頂し、ゴール。タイムは2時間27分44。
ジェホン
「タイスケ(水上)が招待してくれて、アヤト(山田)がバイクを貸してくれて、こうして日本でレースすることができました。本当に感謝しています。韓国では5〜6時間のレースが多いので、スタミナにはまだ余裕がありましたが、下りセクションがとても難しくて腕がパンパンになってしまいました。今日はコンディションが良かったので、ヒルクライムはとても楽しかったです。また、韓国ではGPSを使ったレースフォーマットが主流で、日本のようにコーステープでラインが限定されないため、このルールに慣れるのに苦労しました。また来年も日本に来たいと思います。そして今度は絶対に優勝したいです!」
ジェホンは今回の来日にあたり、ブレンボのクラッチマスターシリンダーやレンサルのツインオーバーハンドル、ARCレバー、KTMファクトリシートなどを持ち込んでいたが、そのほとんどを来年のために水上に預けて帰国したという。
完走者は全部で6名
日本人ライダーのレベルアップが証明された
大きく離れてしまったが、3位は予選で体調を崩していた山田礼人。チャンピオンの意地を見せた。もちろん「真パーキングヒル」も一発登頂。ゴールタイムは3時間12分11秒。
4位は急成長中の泉谷之則。山田に迫るペースでゴールタイムは3時間23分37秒。今春まではスピードをつけるためモトクロストレーニングを中心に行っていたが、夏からは身につけたスピードをハードエンデューロに生かす練習を開始したという。さらにマシンをローダウンした効果も大きいとのこと。
そしてレース時間が残り20分というタイミングでゴール下に辿り着いたのは大塚と原田皓太。しかしここでまさかの雨が降り出し、路面状況が悪化。「真パーキングヒル」の直登が難しくなっていく。2人とも何度か直登を試みるが失敗。3時間走り切った限界のスタミナと濡れた土が思うようなライディングを妨げた。
ここまで来たらもう執念だけ。2人とも8合目あたりにある段差の上から押し上げ、ギリギリでゴール。大塚が3時間56分5秒、原田は3時間56分33秒。
木村つかさと西川輝彦がゴールの一つ前のセクションまで来ていたものの、ここでタイムアップ。今年のG-NET最終戦は6名の完走者(田中太一を除く)を生んだ。
藤田の愛が詰まったコース「デッキーランド」
G-NET最終戦の持つ役割とは
去年のコースに比べ、確かに全体的な難易度は下がっていた。しかし「倒木祭り」はパワーアップしていたし、新しい沢をはじめとしていくつかの追加セクションがあり、ただ「コース難易度が下がったから完走できた」という話ではない。藤原はエルズベルグロデオ出場を経て明らかに経験値を上げており、ハードエンデューロ用のマシンセットアップも仕上がってきている。山本、原田も海外レースへの参戦経験を経て成長しており、大塚、泉谷もトレーニングの成果が出てきている。この一年で日本のハードエンデューロの競技レベルが向上していることが、この結果から見て取れると言えるだろう。
ハードエンデューロのレースを行う際、コース難易度の設定は非常に難しい。トップライダーに合わせると下位のライダーは周回できず楽しめないし怪我のリスクも高くなる。逆に下位のライダーに合わせるとトップライダーにとっては簡単すぎてグルグル周回できるものになってしまう。それではトップライダーのスキルアップにも繋がらない。
そこで藤田貴敏が提案したのが、このランキングトップ20名だけに限定した最終戦だった。参加ライダーをトップライダーだけに絞ることで思い切り難易度の高いコースを作成し、日本ハードエンデューロの競技レベルを上げていきたいということだ。通常それだとレースの参加者が少ないため、開拓にかかる費用やコースの利用料などを賄うことができない。それを可能にしたのが大会スポンサーのBIKEMANだった。
BIKEMANがこの大会にかかる費用の全額を出資したことでライダーのエントリーフィーに頼らずに開催が可能になり、藤田は自分の思うような難易度の高いコースを作ることができ、トップライダーはそれを全力で楽しみつつ、自らのレベルを上げていくことができる。
本来は毎年別のコースを使用するはずだったが、昨年は完走者が出なかったことから、藤田の強い希望があって今年もこのデッキーランドが使われることになった。そして今年は6名の完走者が誕生したため、来年からは別の会場で開催される予定だ。