腐りまくったSR500をレストアして林道へ行こうという大長編連載最新話。ご存知の通り、早くも暗礁に乗りあげたため、vol.4でストップしてしまっていた。これではマズイということで重い腰を上げたあの夏の日――
なんなんだよおまえ、ピボットシャフト
SR400/500はスイングアームとフレームをつなぐピボットシャフトがウィークポイントである。とにかく世の中に放置されているSRのほとんどはピボットシャフトの油分がからっからに切れていて、固着しているのだ(稲垣個人調べ)。で、以前の連載でもお伝えしたように、あっさり僕は本フレームに付いているスイングアームの使用を諦めて、さくっとサンダーでスイングアームごとぶった切った。
ところが固着はそれでは解決しなかったのだ……。ぶった切ったピボットシャフトは左側のフレームで止まってしまい、まったく外れなくなってしまった。キャンプで大きめのペグを打ち込むために持っているビッグハンマーで力一杯たたきまくっても、びくともしない。一体どうしたらいいんだろう。
とりあえず温めてみた。金属は熱でわずかに膨張し冷えてわずかに収縮する、その特性を利用してわずかに動くであろう隙間を利用するのだ。こういう固着が外れない場合に合い言葉のように存在するいにしえから伝わる最終手段である。最初はヒートガンで温めてからハンマーで叩くというぬるさだったんだけど、全然動かないので簡易溶接ができるバーナーで真っ赤になるまで炙った。でもダメ。もしかしたら炙りすぎてピボットが溶接されてしまったのかもしれない。そんなわきゃない。
次なる手段はプーラーであるバイクの特殊工具におけるロマンといえばプーラーだ。ありていにいうと、巨大な爪ではさんだものを引っこ抜くためのツールで物理的に何トン(単位まちがってる?)もの力を局部的にかける最終手段である。でかければでかいほど、プーラーにはロマンがある。だがこんなところにハマるプーラーがあるのか。銘品といわれるKUKKOのプーラーカタログをみるとデカイやつは10万円を軽く超えていく。当然予算オーバーである。
だがそんなことでは諦めたりしない。Amazonのあやしいプーラーを3000円で注文して待つこと2週間、ついに届いたロマンあふれる3点プーラー。ロマンがシャフトをついに抜くのかっ! これをがっちりかけて……あ、だめなやつだわこれは。最終手段が二つも通じなかった。つぎいこつぎー。
気を取り直して塗装剥離の工程へ
ピボットシャフトなどという取るに足らない存在のことは一度忘れて、今連載のメインディッシュにいよいよ取り掛かろう。フレームの修繕である。塗装されたフレームは溶接もできないし、そもそも状態があまりわからないからまずは塗装の剥離をおこなっていこう。これは決して現実逃避ではない。
バイク業界において、どんな塗装も溶かしてしまう剥離剤と言えばこの業務用「スケルトン」だ。なんでも、触るだけで激痛が走る代物だと聞いているので取り扱いには注意が必要だ。実はこのさらに上に、ガンコートでおなじみのカーベック社が作った究極の剥離剤があるのだが、あまりにおそろしい物件っぽいので、今回は”Amazonで手に入る中で”最強の剥離剤「スケルトン」にとどめておいた。
とにかく怖いので真夏の炎天下にカッパ、ビニール手袋、ゴーグルで挑む僕。まずはスケルトンを即席で作ったペットボトルの受け皿にいれて……ジュワー。ペットボトルが、見る見る間に溶けていった。ペットボトルが溶けるってことは、樹脂のカッパやビニール手袋も溶けるってことなんじゃないの? 一抹の不満を抱えながらスケルトンをSRのフレームに塗りたくっていく。以前フォルクスワーゲンのホイールをホームセンターで仕入れた剥離剤で剥いだ時とはまったく違っていて、塗面が文字通りジュワーと音を立てているのが聞こえる。塗膜がすごい勢いで浸食されていき、ちょっと塗面にふれただけのところもボロボロと崩れ落ちていく。最高に気持ちいい……。こんなに剥離が楽しいなんて。
夢中になっていたら汗だくを通り越してカッパから汗がボタボタと滴り落ちていた。しゃがみ姿勢から立ち上がってふらふらっと目の前がブラックアウト。ブラシについたスケルトンがビニール手袋を突き抜けて侵食し、強烈な痛みで目が覚める、という地獄絵図。何をやってるんだ俺は。
愛知県瀬戸市にワープ、サンドブラストをかけてみました
剥離が終わったらさらに余計なものを落として、いよいよ裸の状態をみるためにサンドブラストを施工。愛知県瀬戸市にあるダートフリークのDFクラフトで特別にかけさせてもらった。担当のDFクラフト舟戸さん、フレームを目の前にするなり言葉を失う。「こ、これですか……。これ走ると思ってるんですか? この錆びてるところ、かなり肉薄いですよ……」
DFクラフトが持つ巨大なサンドブラスト槽にSRのフレームを入れて、舟戸さんにブラストの講習を受けることに。サンドブラストというのはエアの力で「メディア(ガラスや珪砂など)」を高速で対象物に向かって噴射することで、その表面を削ったり加工するためのシステムである。つまり錆や残った塗装をブラストで取り除いて鉄の地肌を出していくという寸法だ。
船戸さんに一通り教わったあとは自分でもブラスト施工をさせてもらった。難しいのは対象物が見えにくい中でブラストしていかなくてはいけないことだ。確認用の窓もブラストのメディアが当たってどんどん削れるせいで曇ってしまっており、中の様子ははっきりとは見えない。だからブラストは相当手探りで進めなくてはいけないのである。
ある程度ブラストをかけた後、どんなもんかいな、と船戸さんが取り出したSRのフレームには黒い斑点のようなものがついていて、船戸さんはこれをおもむろにマイナスドライバーでこじり取っていく。「これね、錆の残りなんですよ。だいぶ深いところまで錆が進行しちゃってるんで、こうやって取り切れない錆が出てくるんです」とのこと。でもほじくったら、どんどん肉がなくなっちゃうんじゃないの?
「ブラストするとどんどんフレームの肉が薄くなっていきますよ。ほらここ。薄いの分かります? これもう肉ないのと同じです。こういう大穴開いてるところは、基本的に肉は残っていない思ってください」と船戸さんは言う。あたかも「わかってますよね? これもう無理ですよ?」と言わんばかりに。うおおおおお……ほじらないでください……ほじらないで……(そういうことじゃない)。
もうあきらめよう。アイスを食おう。
え? こんなの楽勝でしょ?
そこで僕はもうヤケになって瀬戸の某天才溶接家の元を訪れたのであった。日本にあるフリースタイルモトクロスのジャンプ台や着地台のほとんどは、この人の手によって溶接されているといっても過言ではない。ある意味大家である。
この某天才溶接家氏の腕前は、メーカーの創造力をも超えてくる。メーカーが作らないモノは作ってしまえばいい。かつて、クリエイティブに突き動かされた氏はYZ250のサブフレームをぶった切っては溶接、ぶった切っては溶接を繰り返し、フリースタイルモトクロスに特化したオリジナルフレームを作り上げたこともある。
つまり、氏の腕にかかればジャンプするわけでもない僕のSRなんてもしかしたら楽勝で治っちゃうかもしれない。もしかしたらそうかもしれない。神にすがる思いでSRのフレームを渡すと、バチバチっと勢いよく溶接機が音を立て始める。
「あ、こんなん楽勝ですよ。だってね、溶接で壺つくっちゃう人だっているんですよ?」そう豪語するのは日本一のモーターサイクル遊びクリエイター、鈴木"DAICE"大助。「強度とか知らないっすけどね?」
最後のひと言が気になったが、僕はダイスさんにすがり、SRのフレームを預けてきたのだった。
編注:まじめな鈴木"DAICE"大助の紹介…日本のフリースタイルモトクロス創世記に活躍してきた中心人物でありライダー。ランプ(ジャンプ台)も自作をはじめていた彼らは、ランプ設置なども事業へと進化させ、2022年のXGAMES CHIBAでもランプ接地の総責任者を務めた。現在は愛知県瀬戸市に居を構え、ハイラインクリエイト社を運営、大人気イベントみにばいパニックの発起や瀬戸にある会員制コースDMGの運営など、多岐にわたって活躍中