2022年の全日本モトクロス選手権は第6戦で最終戦を待たずしてIA・IBのチャンピオンが確定。このMFJ GPでは両カテゴリーにおいてタイトルを意識しない全力でのヒートレースが展開された
ヤマハ強し。富田俊樹、渡辺祐介が優勝を分け合う
日本における最上位クラスであるIA1ライダーたちの仕上がりは、この最終戦でいよいよ最高潮に達している感がある。タイトルを得たヤマハファクトリーの富田俊樹はランキングを意識する必要がなくなったし、そのチームメイト渡辺祐介は前戦にて今季初優勝を遂げ好調。シーズンを通して強豪ヤマハ勢を相手に孤軍奮闘したカワサキの能塚智寛に、1年目ながら2勝目を挙げたホンダ大城魁之輔や、前戦久々の表彰台にのぼった大塚豪太など最終戦で役者が出そろった感がある。
この最終戦SUGOで土曜から好タイムを出していたのは能塚だった。2番手の富田より0.7秒早いラップライムを刻んでいたのだが、予選ではスタートゲートが倒れた瞬間に渡辺祐介と接触、出遅れを取り戻そうとしたのか1コーナーでスリップダウン。追い上げむなしく14位のフィニッシュとなってしまった。富田はオープニングラップで小方誠、大城をしっかり仕留めて予選を1位通過。2位には大城という結果であった。
ヒート1、地元の渡辺祐介がオープニングラップから飛び出し、大城・富田・能塚がこれを追う展開に。4周目には能塚が2番手へ浮上したものの、その時点で渡辺との差は7秒に拡大。ラップタイムでも上回る渡辺は一度もトップを譲らずにそのままチェッカーを受け圧勝。ヒート2では今季をフル参戦のラストシーズンと宣言していた星野優位がホールショットを決めたが、大倉由揮がこれをパスして1周目を制した。後続は能塚、道脇右京、内田篤基、富田と続く。2周目には能塚がトップに浮上するが、富田がすかさず背後についてプレッシャーをかける。5周目には富田が能塚をパス、少しずつそのリードを拡大して富田が今季最終ヒートをものにした。
富田は「両方勝ちたいなっていう気持ちが前に出すぎたのか、ヒート1は大城に手こずって腕が上がってしまったんですよね。最後まで引きずって苦戦しました。僕の中ではSUGOでかみ合わない時が一番やっかいなんですよね。轍の中が急にグリップしたりテカテカしたところが急に滑ったりするんですが、リズムがつかめないと苦戦してしまうのです。土曜からだいぶ難しかったですね。予選で勝ってはいるのですが、しっくりきてないなって思ってました。
精神的には前回のチャンピオンがかかったレースとはメンタルの状況がまるで違っていて、リラックスできていました。実はどこかチャンピオンらしい走りで終わらないといけない、情けない走りはできないぞっていうプレッシャーもあったんです。ヒート1ではそれが出ちゃったのか、メンタルトレーナーとも『そういうのは捨てましょう』ってアドバイスを受けてヒート2に臨んだんですよ。序盤に能塚が前にいたんですが、ずっとアウトを走ってるようなラインをとってて、これはチャンスだなって思えて前に出られました。
今シーズンはジェイがあんなに勝ち星を挙げてましたよね。ああいうライダーが同じクラスだと嫌だなって思いますけど、僕もそういう嫌なライダーになりたい(笑)。もっと勝率をあげて、強いライダーになりたいですね」と今シーズンを締めくくった。
ジェイ・ウィルソンついに陥落。ニュージーランドからの刺客、ブロディ・コノリー
ここまで開幕からIA2クラスを全勝してきたヤマハファクトリーのジェイ・ウィルソン。最終戦はいよいよストッパーが現れるのかに期待がかかるところであった。その最有力候補とみられていたのが、BOSSレーシングに招聘されてニュージーランドからスポット参戦してきたブロディ・コノリーだ。ニュージーランドのシニア125クラスを制した若手で、今季のモトクロス・オブ・ネイションズではB決勝で圧倒的なパフォーマンスを披露。多数のチームから声がかかっているという噂も流れる、19歳のシンデレラボーイである。
このブロディ、正直なところ土曜は不調であった。公式練習ではひとり1分50秒台前半をたたき出すジェイに続いて鳥谷部晃太が2番手タイム。ブロディは4番手タイムで1分52秒後半という結果である。BOSSレーシングでしっかりマシンを作り込んできたものの、慣れない日本のコースではなかなか難しいのか……と思わせる一面もあったが、予選ヒートではA組のジェイと同様B組でトップ通過。決勝に期待がかかるところであった。
ヒート1、ジェイの2台隣に並んだブロディはゲートが降りた瞬間に飛び出し、すかさずジェイの前に出てイン側を封じにかかる。そのアウト側から阿久根芳仁がかぶせてホールショットを奪うというエキサイティングな1コーナーとなった。だがこのオープニングラップを制したのは、やはり安定感の光るジェイ。これにブロディが思いきり食いつき、2周目にはジェイをかわしてトップに立つ場面も。だがジェイはすぐさまトップを奪い返すとベテランらしく展開を自分のものにし、じわじわとブロディを引き離して日本におけるIAクラスのシーズン最多連勝記録を塗り替えた。
続くヒート2ではジェイ、ブロディともにスタートでイン側へ寄せられ過ぎて行き詰まってしまい出遅れる結果に。ブロディは2コーナーを曲がる頃には前に出てトップを奪うが、ジェイは若干のリードを許してしまい6番手あたりからの立ち上がりとなった。ブロディを追ったのは岩手の横沢拓夢。序盤ブロディに食らいついたが、3周目には追い上げてきたジェイに2番手の座を譲ることになる。この時点で、ブロディとジェイとの差は8.7秒。全力で追い上げるジェイと、スポーツランドSUGOを誰よりもアグレッシブに走るブロディによるベストラップの応酬となった。だが、その差はどんどん拡大するばかりで12周目には12秒の差に。ラスト2周でブロディはペースを落としつつチェッカー、シリーズ戦最後の最後でついにジェイを下したライダーとなった。
ブロディは「数週間前にミスター・ハシモト(編注:GET代理店アズテックのエンジニア)がニュージーランドにやってきて様々なマッピングを試すことができた。BOSSレーシングの人たちは、僕がバイクに何を求めているのかを理解するのがとてもうまいんだよ。日本のライダーもとても速くてクールだった。勝つにはちゃんと調整してうまく走らないと難しかったと思う。事前の準備やいろんなことがうまくいって、勝てたんだよ」とコメント。
実はジェイはレースと関係なく足首を負傷していて、レース後も片足を引きずるような状態だった。「金曜にトラックの荷台からおりるときに傷めてしまったんだよ、信じられる? だからこの週末はこのマスター(編注:ヤマハスタッフ)がずっと面倒をみてくれて走り切ることができた。
15連勝を達成できたのは嬉しいけど、16勝目を飾れなかったのはちょっと残念に思っているよ。でもこれが人生なんだ。人生は完璧じゃない。チームとして、個人として、新しいEPSのデバイスについて学ぶことができた素晴らしいシーズンだったと思う。とにかく今シーズンはLearningの連続だったよ。日本の生活について、レースについて、日本語について、ビジネスについて。僕の人生論は、学び続けるってことだから、今日の結果も今年の結果もとても満足している。いつかこの学びはお金以上の価値になるはずなんだ。
ヒート2はうまくいかなかったね! いいスタートが切れなかった。いつもはうまく切り抜けてすぐ前に出られるんだけど、今日は違ったんだ。最初の3、4コーナーくらいまで僕がラインを変えようとするたびに他のライダーとぶつかってしまって抜かれそうになった。ラインも少ないように感じたよ。ブロディのような若いライダーには、スタートダッシュさせてはダメなんだ。スピードもあることはわかっていたから、ヒート1はうまくそれを封じることができたんだけどね……。
すごくチャレンジングな週末だったよ!」
フルタイムで会社員を続ける久保まなが24歳でもぎとったレディスタイトル
このMFJ GPで決まっていなかったタイトルは唯一レディスクラス。しかも久保まながリードしているとはいえ、その差はランキング2番手本田七海と12pt、3番手同立の川井麻央・小野彩葉と14pt。この接戦の状況では誰がタイトルをものにしてもおかしくないと言えた。久保にとっては3位以内に入れば自力優勝という状況(久保が4位、本田1位だった場合同点ポイントになるが優勝回数で本田がチャンピオンという計算になる)。本田、川井、小野らが逆転するには優勝がほぼ必須である。
緊迫を極めたスタート、久保が最イングリッドにつき、小野・川井がそれに続く。本田はセンター付近とやや離れてグリッドへ。ホールショットは外側から抜け出た畑尾樹璃、これを2コーナーで箕浦未夢がかわしてトップへ浮上、川井が箕浦を追う形。センターからイン側へ寄った本田は、後続にリアタイヤを弾かれる形でまさかのクラッシュ。ほぼ最後尾からの追い上げレースとなってしまった。タイトルがかかった久保は3番手と上々の出だしとなった。
2周目には川井がトップを独走する。事件が起きたのははおおよそ中盤、久保がフィニッシュジャンプ前で突然失速してしまう。その後、久保はペースをあげることがかなわず少しずつ後退。のちに「当ててしまった覚えはないのですが、チェンジペダルが内側に入ってしまって3速固定で走らなくちゃいけなくなってしまったんです」と久保。タイトルを諦めず全力疾走を続けた川井の気迫もすさまじかったが、それ以上に最後尾から追い上げてきていた本田の気迫は特筆すべきものがあった。終盤にはなんと久保を捉えてパスするまでに至り、久保は5位でのフィニッシュ。本田は3位であった。
この結果、なんと川井と久保は最終ポイントで同点に。この場合、チャンピオンは勝利回数で決まるのだが、これも川井と久保は同じく2回ずつ。最終的には2位の回数(川井1回、久保2回)で久保にチャンピオンが確定することになった。久保はペースもままならず5位でフィニッシュしたことでチャンピオンを逃したと思い込んでおり、パドックに戻ろうとしてしまうほど落胆していたため、この結果には驚きを隠せなかった。
新女王久保はあらためて初チャンピオンを噛みしめる。「逃したと思っていたので、うれしさでいっぱいです。3速ではジャンプが全然飛べなかったんですよ。序盤は自分も乗れていたし、優勝も狙えるぞって余裕もあったんです。ギヤが変わらなくなってからとにかくなんとかスピードを落とさないようにがむしゃらに走っていたのを覚えています。
フィニッシュして、チャンピオンを逃したと思っていたので次のレースを待つチームメイトの鈴村選手やメカニックに大泣きしながら『ギヤが入らなくなっちゃった』って言いにいったんですが『でも、チャンピオンやん』って言われたんです。『何言ってんねん、そんなわけないやろ』って。ずっと嘘だろって思い込んでて、なかなか自分の中でチャンピオンだって理解できなかったんですよ。
ずっとチャンピオン獲れるって言われ続けてきたんですが、勝ちたいっていう気持ちが前に出すぎちゃってたんだと思います。なかなか獲れませんでした。社会人になって普段は8時間くらいパソコンかちゃかちゃやってるんですが、去年なんかはレースと両立しようと頑張りすぎて体調を崩してしまっていたんです。もうこういうのはやめようと思って、バイクは週1回に切り替えました。バイクと離れた時間が多い方が、割り切れた感じがありますね。社会人になったのがむしろよかったのかなって思います。仕事してレースで面白くない結果出してたら人生の大半が面白くなくなっちゃうじゃないですか、だったらバイクで納得できるレースをしたほうがいいんじゃないかって思い直したんですよ。あらためてモトクロスは楽しいって思えたんです」