世の中の鉛バッテリーはどんどんリチウムバッテリーに置き換わりつつある。圧倒的に軽量で、電圧が安定していて、耐久性が高い。ただ、突然電圧が急低下するなどのトラブルがあるのも事実だ。今回はレーサーのバッテリーに純正採用されるスカイリッチ製を試してみた

正しくはリチウム鉄リン酸塩(LiFePO₄)バッテリー。発火の可能性は極めて低い

スマホやモバイルバッテリーが突然発火する事故が後を絶たない。これまでより圧倒的に小さな体積にエネルギーを詰め込んでいること、コストを抑えるために内部構造がいい加減になってしまいショートしやすくなってしまうこと、熱暴走すると止まらない構造になってしまっていることなどがあげられると言う。だが、これらはコバルトやニッケルなどのレアメタルを電極に使ったリチウムイオン電池の話だ。

リン酸鉄リチウム(LiFePO4)を正極に使用したリチウムイオンバッテリーは、コバルトやニッケルを正極に使用したリチウムイオンバッテリーと比較すると、正極材料の熱的安定性が高く、発火事故の発生が低いとされている。リチウムイオン電池は大きなエネルギー密度を持つ電池のため、従来のバッテリーと比べてより安全性を重視した設計、製造方法が求められる。仮に設計や製造不具合による内部短絡などが発生すると、バッテリーが高温になり正極材料自体の発熱(熱暴走)が発生してバッテリーが発火。リン酸鉄リチウムはこの熱暴走を起こす温度が高いために、他の材料と比較すると安定した正極材料だと言えるだろう。

近年、BEV(Battery Electric Vehicle)などに使われるバッテリーはリチウム鉄リン酸塩(LiFePO₄)バッテリーに移行しつつあるという。レアメタルを使ったバッテリーのほうがエネルギー密度に優れると言われるが、LiFePO₄はコストが安く、化学的に結晶構造が安定であることから熱暴走が起きにくいのだそうだ。

バッテリーをより安全に、そして最大限の性能を得るためには、充電、放電における電流/電圧/温度などを常に監視する必要がある。特に過充電はリチウムバッテリーに対して御法度。そのため鉛バッテリーとは違って、リチウムバッテリーにはBMS(バッテリーマネジメントシステム)が組み込まれているのが通常である。バッテリー自体の材料選択、精緻な設計や製造方法に加えて、このBMSの性能によって安全性が担保されるというわけである。今回テストしたスカイリッチのバッテリーは、数々の自動車メーカーに純正採用されるほど信頼性の高いBMSが組み込まれたLiFePO₄バッテリーだ。

リチウムバッテリーの不安

軽さこそ命、始動性など二の次と言わんばかりにセルスターターの搭載を拒んできたオフロード用のレーサーも、この軽量なリチウムバッテリーが市販化されたことによって、キックスターターと大差ない(あるいはより軽い?)始動システムが構築されるようになった。当初は、その信頼性が未知数だったこともあってキックスターターを併用するマシンも多く、メーカー側も後でキックを付けられるようにクランクにキック軸を残していたりしたが、近年では完全にセルスターターへの移行が完了した感がある。ところが、オフロードレーサーの開発はモトクロッサーをベースにしていることもあって、コアなエンデューロ乗り達からすれば、まだ不安が残っていた。もし、谷底でバッテリーが上がったらどうすればいいのか、と。

実際、筆者も2度ほど谷底でセルスターターがうんともすんとも言わなくなったことがある。車体メーカーは十二分なテストをしているのだが、ユーザーはさらに上回るとんでない使い方をするものだ。僕はバイクが下手過ぎて、3m進むごとに再始動を繰り返していたら、バッテリーが干上がってしまった。エンデューロでは、オーバヒート対策に空冷ファンも使うから、意外にバッテリーの消費量が多いのである。特にリチウムバッテリーは電圧が下がるとBMSが働いて放電しなくなるので、気づいたらセルが一切回らないという状態になりやすい。それに加えて、前述したBMSによってバッテリーがスリープモードに入ってしまうことがあり、こうなってしまうと復帰の仕方を知らない限り(ギヤが入ったままリアタイヤを回すと微弱な電流がまわってスリープから目覚める)、仮に始動一回分の電気があったとしてもセルを回すこともままらなない。

このようなリチウムバッテリーの問題は、コアなオフロードバイク乗りにはよく知られていて、慣れた鉛バッテリーに換装するライダーもいる。根本的な解決にはならないのだが、バッテリーが弱ってきたときにわかりやすい、という利点は確かにある。

セルが快調に回る

スカイリッチのバッテリーは、KTM系のマシンに採用されているので性能の良さはすでに十分なほど体験している。昨今トラブルが起きたという話しも特に聞かないし、僕がKTMの車輌を持っていた時もバッテリーが上がったことは一度もなかった。所有していた期間に充電器を使ったことすらない。バッテリーが入っていることを忘れかけていたほどだ。

今回は元々鉛バッテリーが装着されているセロー250で試してみた。まず、鉛バッテリーは電源オフ時に12.8Vだったのに対し、スカイリッチは13.5Vと余裕のある電圧だったため、セルスターターボタンを押し回すと明らかに鉛バッテリーよりも快調にセルが回る。もう持っていないのだが、過去ビューエルの1200ccに乗っていた時はどんなに充電してもセルの回りが不安なほど遅かったので、あの頃にスカイリッチがあったらなぁと思った。ともあれ、セルの回りが速いとエンジンもあっという間に火が入って心地いい。

実重量では2033gの鉛バッテリーが、スカイリッチでは503gになった。重さのあるセローとは言え、高い位置で1.5kgも軽量化になればしっかり操安性も変わるはずだ。実感することはできなかったものの、細かいところで効いてくることだろう。レーサーのようにぎりぎりの発電量ではないし、もともとエンジンが空冷なのでファンもない。グリップヒーターや、スマホの充電なども併用してみたが、電圧が低下するようなことはもちろん無かった。元々、LiFePO₄バッテリーは耐久性も高く耐充放電の回数も多いから、周辺機器が増えてきた昨今のオートバイとは相性がいいのではないだろうか。