バレンティーノ・ロッシの生まれ故郷である、イタリアのペザロ。その地で製造されているバイクがTM Racingである。謎に包まれた実態を解き明かすためにイタリアへ渡った

アルミのインゴットが在庫されているメーカーファクトリー

これまで多くのメーカーに日本国内や海外で開催されるメディア試乗会へご招待いただいてきたが、TM Racingの国際試乗会に参加したのは今年が初めてだ。また個人的に興味があったTM Racing本社および工場取材も敢行、実に内容の濃いイタリア取材旅行だった。

ペザロの街中に建造中のロッシヘルメットモニュメント

ペザロの海岸線にはずらっとベンチがならぶ。これがイタリアンのリゾートなのか……

TM Racingの本社があるペザロという街は、アドリア海に面したリゾート地である。人口わずか10万人ほど、観光や音楽が有名でピアノの生産などもしているとのこと。街の人からすればTM Racingはわりと知られた企業のようだ。海岸沿いのリストランテで出会った日本語を話す女性は「TM Racingに取材に行くの? 知ってるわよ、わたしの親戚もそこで働いているの」と言う。

多くのバイクメーカーは、大量生産をするために工場を建設して、そこに分業制で組み立てを行う製造ラインを造る。組み立てはマニュアル化され、誰が組み立てても同じ品質を担保できるようになっている。ところがTM Racingの場合は工場内にラインを持たず、1台を一人の熟練工が最初から最後まで責任を持って組み上げていくのである。ノルマは1日に1台だとのこと。もう少し突っ込んだことを言うと、多くのバイクメーカーはほとんどのパーツをサプライヤーから仕入れているため、メーカーの工場で行われるのは組み付け作業だけだ。アルミ材を削り出したり、金属を溶かしてパーツを作るのは、メーカーの仕事では無い。ところがTM Racingの場合はほとんどの部品を自社で製造している。フレームやスイングアームなどの大きな部品だけでなく、リアサスペンションユニットから、スプロケット(一部)、インジェクションのスロットルボディに至るまで、自社製造なのだ。「イタリア製であることに意味がある。TM Racingはほとんどの部品が自社製で、外注する場合もイタリア製なんだ。パッショーネ・イタリアーノ(イタリアの情熱。TM Racingのフィロソフィー)だよ」とTM Racingの営業部長が教えてくれた。その中に珍しい例としてKYBのフォークが採用されていることを、日本人として誇りに感じた。

ラインではなく、1台を1人が責任をもって組み上げるTMの工場

普通のメーカーにはアルミのインゴットなど在庫されていない。それがバイクメーカーの常識である。しかし、TM Racingにはアルミのインゴットが在庫されていて、日夜それが削り出され、鋳造されている。TM Racingのマシンはファクトリーマシンをそのまま売っている、と表現されることがあるが、まさにその通り。ファクトリーで一つずつ製造されたコンポーネントで組み上げられたマシンなのだから、これは本当に凄いことなのだ。

24MY最大の注目は、2ストモデル

今年の初頭にKTMが2ストをTBI化したというニュースが駆け巡ったが、2ストロークのエンデューロマシンをFI化しているのはKTMだけではない。それどころか先鞭をつけたのはこのTM Racingである。KTMのEXCシリーズが2017年にTPIになる前から、同じように掃気ポートにインジェクションを搭載していた。また、掃気ポートからスロットルボディにインジェクションを移しTBI化したのも、TM Racingのほうが先である。TM Racingではこのインジェクションの移設をそこまで大きな変更とは捉えておらず、名称をつけていないのだが、2024年は2ストのFIをドラスティックに変更した年なのだと宣言した。

シリンダー後方にあるのがTPPS

2024モデルで2ストのFIに取り入れたものは、ひと言で言えば2ストロークエンジンに対する電子制御の充実化だ。見た目では大きく変更がないが、シリンダーの後ろに掃気ポートの圧力センサー“TPPS(Transferport Pressure Sensor)”が採用されている。2ストロークは、ご存じの通りピストンが上がることによってクランクケースに生じる負圧を利用して新気を取り込む。爆発でピストンが下がることでこの新気は一次圧縮され、掃気ポートを通じてシリンダーへ送られ二次圧縮されて爆発するというシステムだ。4ストの場合は、バルブで制御されているため新気と排気が混じることはないし、ほとんど新気の量は計算上で把握が可能になる。一方、2ストはクランク室からシリンダーに新気が入っていく際に排気を押し出すため、新気と排気が混ざりあってしまう。また、バルブではなくシリンダー側面のポートをシリンダーが通るタイミングで制御するので、とても新気/排気の流れが曖昧で想定しづらい。

TPPSはそんな複雑な2ストの爆発行程の中で、一次圧縮される新気の量を計測するためのデバイスである。新気の量を正確に計測することができれば、よりきめ細やかなエンジン制御が出来る。TPPSの構想は、スロットルボディにインジェクターを移した2021年あたりから持ち上がっていたものだそうだ。なお、TPPSが採用されたのはエンデューロモデルのEN 125/250/300ES Fi 2T、SMR 125のみでモトクロスモデルはキャブレターを継続使用しており、今後のモトクロスヘの採用も期待されるところだ。

間欠のない2ストエンジン

2ストが4ストに置き換わっていく時代を経ている世代としては、2ストは前時代的なものだという感覚があるのではないか。だが、解釈次第だが内燃機史として2ストのほうが4ストより登場そのものは新しい(原理の発明自体は2ストがわずかに先だが、実用化は4ストのほうがだいぶ早かった)。2回転に1回しか爆発しない4ストに対し、1回転ずつ爆発する2ストはパワーを引き出しやすく、さらに構造が単純でコスト安、軽量である。複雑な機構を簡略化できる画期的なシステムだったのだ。だが、前述した通り、新気と排気の曖昧な部分が多くあるため、特に低回転域においては毎回転でしっかりとした爆発が得られているわけではなく、ミスファイヤしていることも多い。これを間欠燃焼というのだが、TPPSはこの間欠燃焼を制御するための手段でもあった。

「低速の扱いやすさが、とてつもなく高いですね。3速でエンストしそうな場面でも全然止まらない粘りがあって、スロットルにとても忠実です。こんなに思い通りに操作できるエンジンは初めてかもしれない」とインプレッションをお願いした同行した全日本スーパーモトライダーの小原堅斗は、2スト250のエンデューロマシンに乗って言う。小原はエンデューロの素地はないものの、モトクロスではIBで全日本選手権を転戦し、いまはスーパーモトに転向して2022年に最上位クラスのS1Proのチャンピオンに輝いた実力を持つライダーだ。「車体の軽さはモトクロッサーとほとんど変わらないのに、あらゆるセクションでモトクロッサーより路面追従性が高い。モトクロッサーはどんなにセッティングしたとしても、どこかで悪い点って出てくるものなんです。セッティングで得意な路面と不得意な路面のバランスをとっていくのですが、万能なセッティングなんてものもない。それがこのエンデューロマシンは不思議と不得意なところが無いのです。これならどのように乗っても、曲がりづらさを感じることはないでしょう。安定性もとても高くて、疲れずにずっと乗り続けることができる。エンデューロマシンに初めて乗りましたが、感動しました。

エンジン自体はとても乗りやすいのにパンチがある、不思議な印象でした。エンデューロコースに入って丸太越えとかもやってみたんですが、なにも考えることなくすっとできる。思い通りにパワーが取り出せるところが、本当に素晴らしいですね。モトクロッサーで同じようなことをやろうとしてもできないでしょう。低開度のスロットルワークでは、同じように操作しても思い通りにフロントが上がってくれないことが多いのです。

2ストロークが難しいと言われるのは、曖昧なところがあるからです。たとえばスロットルを1/8開度のメモリまで同じタイミングで開けて、フロントを上げてください、と言うとしますよね。4ストなら、だいたい同じ動きをしてくれます。2ストの場合は、同じ動きにならない。スロットルを開けられるタイミングまで少しスピードが欲しくてスロットルを煽ったりするじゃないですか、その煽り方で動きが変わってしまう。2ストはエンジンの呼吸を知る必要があるんです。エンジンの呼吸に合わせてスロットルワークやクラッチワークをしてあげないと、思い通りに動いてくれない。ところが、この2024モデルのエンデューロマシンは、4ストのようにほとんどスロットルワークに対して正確に動いてくれる。TM Racingの2ストはパワーがマイルドだから乗りやすい、というのではないと思います。正確に動くから、乗りやすいのです。それでいて、250/300共にどんな回転域からでも加速してくれる強大なトルクがある」

小原が感じた2ストの扱いやすさは、進化した電子制御によるものだろう。TM Racingの開発陣は、近年のオフロードバイク開発に対して、ハードだけでなくプログラミングによる開発を重要視している。今回のTPPSについていえば、その掃気ポートのセンサーから得た情報をいかにインジェクションに落とし込むかというところだ。インジェクターはスロットルボディに2つ並列に並んでいて、マッピングによってこの2つを使い分けている。その噴射に関する詳細は企業秘密とのこと。それに加えて点火タイミング、電子制御の排気デバイスを緻密にプログラミングすることで、失火すること無く確実に制御されたフィーリングを作りだしている。混合気が正確かついい状態で爆発するのだから、間欠燃焼しづらい4ストに近いというコメントも頷けるものだった。

サスペンションがマイルドに、車体の柔らかさが表面化した4ストローク

4ストはどうだろうか。

「難しいコースでしたが、だからこそTM Racingの4ストモトクロッサーがいかに曲がりやすいかを再確認できました。しっかり車体のピッチングを使ってフロントを沈めることができないと、曲がるきっかけをつかみづらいという難易度の高さがあるのですが、それができる人にとっては明らかに武器になりますね。バトル中にもイン側にすっと入っていけるので、ライン選択の幅が広いのです。

パワーはしっかり出ていると感じます。同じ排気量クラスのマシンと比べてみても、ひとまわり上に感じますね。開け口がそう鋭くないので、ぱっと乗った感触ではわかりづらいのですが、回せばまわすほど太いトルクバンドが顔を出します。4スト300のEN 300 ES Fi 4TもTM Racingにはラインナップされていますが、これは4スト250のEN 250 ES Fi 4Tよりさらに太くて誤魔化しが効きます。いまは日本のモトクロスレースもIA以下は排気量オープンのクラスが多いので、300で戦う選択肢もありだと思いますね。450は扱いきれないけど、300なら問題なく乗れるでしょうから。パワーがあるといっても唐突に出ているピーキーな特性ではないので、フレンドリーですよ」と小原。しかし、小原はエンデューロマシンに乗り換えた瞬間に「うわ、これだ! これがベストかもしれない!」と声を上げた。

「サスペンションもエンジンも、僕がモトクロスをするのにちょうどいいくらいのセッティングだと思います。ヘッドライトやウインカーなど全部ついているのに、まったくといっていいほど重さは変わらないし、正直エンデューロマシンのほうが速く走れると思いました。サスペンションをしっかり使うことができるし、旋回性の良さも感じやすいかもしれませんね。23MYまでのENシリーズは、車体全体に少し硬さを感じるというコメントをよく聞いていました。フレーム自体が強靱ですし、オンタイムエンデューロの一発の速さを競うマシンなので、僕はその方向性で正解だと思っていたのですが、24MYではその硬さを感じることがありませんでした。丸太を越えてみたりもしたのですが、低速の扱いやすさも好感が持てますし、回せばモトクロッサーにひけをとらないレベルで走るエンジンに仕上がっています」

今回もビギナー代表ジャンキー稲垣が、ぺろり味見しました

ペザロで感じたことは小原さんと似ていて、特に難しいテストコースだったこともあってエンデューロマシンの良さが際立った。その難しいモトクロスコースでのラップタイムを比較してみると

MX 300 ES Fi 4T…2:05.25
MX 250 ES Fi 2T…2:00.45
MX 300 ES Fi 2T…2:00.11
EN 300 ES Fi 2T…1:56.00

と、伸び悩むモトクロッサー軍団において、2スト300のエンデューロマシンがさくっと最速タイムを出すという結果になっている。EN 250 ES Fi 2Tは軽く乗り回す程度に終わってしまったのだけれど、TPPSを搭載した新型の2ストエンデューロマシンは、ハードエンデューロにもしっかりマッチする特性だと思う。特に低速でまったくもたつくことなく、僕のようなビギナーライダーの雑なスロットルワークでも不用意に吹け上がるような気難しさは一切感じない。そして2スト300のまろやかながら豊潤なトルクによって、4速固定でなにもなかったように大小のギャップをなめ回すことができる、とても色っぽい仕上がりに…いやマイルドな仕上がりになっているのだ。急激に開ける必要がないから、サンド質の上を浮いたように走る。ラインはモトクロッサーよりも遥かに自由に選べて、イン側へすっと切れ込んでいけるのが印象的だった。僕のスピードがもっと高ければ、モトクロッサーも同じような動きをするのだろうと想像すると「TM Racingに乗って速くなりたい」という思いが沸いてきた。

TM Racing Japanのうえさか貿易代表、梅田氏もじっくり2024MYモデルを吟味。日本のユーザーにその全てを伝えてくれるはず

さらには300にしては珍しく、上までしっかり回るところも見逃せないポイント。2スト300というカテゴリーは250とは似て非なるもので、エンジンの回り方がかなり重ったるくなり、回して乗ることが億劫になりがち。実際、僕らの通常のエンデューロ用途では回して乗る必要がほとんどないのだけれど、ハードエンデューロライダーからすれば高回転でタメをつくって一気にクラッチでパワーを引き出したい、あるいは長いヒルクライムでもっとギヤを長く使って斜面途中でも回りきること無くレブ域まで扱いやすく回って欲しいというような要望があるのだけれど、このあたりにしっかりフィーチャーしているように感じた。