房総半島で3度目のJNCC八犬伝が開催。優勝すれば総合チャンピオンを決めることになる渡辺学、そしてそれを阻止したいライバル達は……

首都圏で最大規模のクロスカントリーが開催されることが当たり前になった

3年前、クロスカントリー界隈に首都圏でのレースが噂され、騒がしくなった。どうやらJNCCが千葉でレースをするらしい……と。広大なサンド質のフィールドで、スロットルは開け放題。淡路島で開催された伝説のJNCCレース『パンゲア』を超える可能性もありそうだ、という声が聞こえてきた。それが、現在のサンドバレー八犬伝である。南総里見八犬伝にちなんでネーミングされたこのレースは瞬く間に人気レースへと成長した。今年のエントリーは640台であった。特にFUN GPは406台と日本とは思えない台数で、主催者がアジア最大級と銘打つのもよく理解できる。

サンド質の路面は一見気持ちよさそうに見えるが、ライダーからすれば厄介な路面だ。サンドが深く、軟質であればあるほど、タイヤが砂に埋もれていき、フロントタイヤがとられやすくなる。特に砂浜のレースでは、スタックするほどのサンドに見舞われることがあるが、この八犬伝は「適度」なサンドであることも人気の理由だろう。誰にでもワイドオープンを楽しめるもので、サンド用のタイヤを履いていれば気分はカリフォルニアのデューンライドだ。

土曜日に開催されたイベント「剣士のヒルクライム」も砂山を登るもの。柔らかい表面を掘りながら登るため、パワーが食われてしまい見た目以上に難しい。だが、柔らかい路面だからこそまくれてしまって大けがをするようなこともなく、安全に全開のヒルクライムを楽しめる。FUN GPのライダーからCOMP GPのAAライダーまで、腕に自信のある者が挑戦していったが、最後には渡辺学との一騎打ちを制して成田亮が優勝した。

「嬉しいです! 競り勝てたんで!」

オフロードバイクレースの「全日本」を標榜するメジャーレースの中でも、現在もっともシーズンが長いJNCCだが、ようやく終盤戦。全9戦の8戦目がこの八犬伝ということになる。7戦までの戦績は、馬場大貴が負傷していることもあって渡辺が開幕から6連勝中(第5戦栗子国際は中止)で、渡辺300ptに対し2番手小林雅裕が255ptとJNCC総合チャンピオンに王手がかかっている状況だ。渡辺1位、小林3位以下でチャンピオンが決まる。

事前情報としておもしろいのはタイヤチョイスだ。ダンロップのサンド用タイヤであるMX14は昨年新型になったばかりで最新テクノロジーが搭載されており、加えてクロスカントリーマシン向けに18インチがラインナップされている。ブリヂストンのサンド用X10は18インチがラインナップされておらず、旧型のM102のみ。IRCの場合は評判の高いM5B……といった具合に、特殊な路面だからこそメーカーによって対応に差がある。たとえば渡辺はブリヂストンのサポートライダーなのでM102をチョイス。グリップ力を高めるため、痩せたムースに5つものビードストッパーで超低圧のセットにしてきたそうだ。

COMP GPのスタートにも実におもしろい仕掛けがあった。スタートして2つコーナーを曲がると、土曜日に使われた「剣士のヒルクライム」よりもさらに難しい「剣士ヒル」が待っている。一度ミスすれば長い回避ルートを走ることになり、大幅にタイムロスしてしまう。なお、レース直前にたまたま田中教世にコメントをもらったところ「1周目は避けますよ、難しそうだから」とのこと。今季JEC開幕で優勝したようなトップ中のトップライダーすら、リスクを避けて上らないと判断しているのだから、これはとてつもなく難しそうだ。

今季のタイトル争いには加わっていないが、昨年チャンピオンの馬場はケガから復帰直後の前戦こそふるわなかったものの、この八犬伝こそトップを獲りたいと闘志を燃やしてスタートラインに並んだ。ラインをしっかり見定めてセンター付近のグリッドをチョイス。声援を受けながらモトクロスのように地均しをする馬場が、突如その場に倒れ込んだ。古傷であるヒザが外れてしまったのだという。苦悶の表情でその場でヒザを入れようとするが、まったく入る気配はなく、時間は残酷にも過ぎていく。とても走れるような状況ではなかったため、サポート達の手によってスタート脇に運ばれ、救護スタッフや仲間のライダーのアドバイスなどを受けてなんとかスタートまでに解決できないかと模索する。歩くどころか、立ち上がることもできない、激痛が馬場を苦しめた。「もう、あきらめよう」どこかから、そんな声が聞こえてきた。

多くの関係者が、馬場はスタートできないと思っていた最中、ホールショットを奪ったのはその馬場だった。ヒザは入らなかったのにマシンにまたがり、苦痛を抱えたままトップを奪い、剣士ヒルに突入。頂上付近で大きく左手でガッツポーズを決めて山の向こうへ消えていった。渡辺がそのあとに続き、二人のバトルになることは必至。馬場はレース後に「ヒザ、結局入らないままスタートに並んだんですよ。マジで痛かった……。足をまったく地面につける状態じゃなかったので、かかとだけステップにちょこっと載せてました。転んだらもう終わりだなと思ってましたね。4周目にギヤを入れる瞬間、ばきっと音がしてやっとヒザが入ったんです。みんながやめろって言うんですが、オレはいけると思ったんですよね。これでオレがホールショットとったらかっこよくね? ってみんなに言って出て行ったんですが、めっちゃバカにされました(笑)」と言う。なお、AAクラスで剣士ヒルを上れたのはわずか4〜5名ほど。Aクラスは3名ほどだったように思う。剣士ヒルで序盤のスタートに大きく差が付いたレースだった。

馬場VS渡辺の戦いに決着がついたのも、この剣士ヒルである。2周目の剣士ヒルで渡辺は頂上まで至らずミスしてしまい一気に4番手へ後退。このミスによって繰り上がってきたのは成田と小林で、二人は中盤にかけてヒザの痛みに苦しむ馬場に追いつき、馬場・成田・小林・渡辺の4名が激しくデッドヒートを繰り広げる展開に。剣士ヒル以外にはそこまで難易度の高いセクションは無く、AAクラスにとって今回の八犬伝はスピードコースと言えたため、差がつきづらく、接戦が続いた。

終盤にトップを走っていたのは小林。モトクロス時代の大先輩である成田や渡辺を突き放して快走を続けるが、馬場は虎視眈々と2番手で小林を狙う。「ずっとスパートかけてはいたんですが、残り3周だと思ったところでさらにペースを上げたんです。3周あれば前をパスして突き放せるかなと思ったんで。ところが残り1周しかなくて、追いつかずにレースが終わってしまったんですよね」とは馬場。ラストラップに大会最速タイムを記録するものの、ヒザだけでなくレース自体もかみ合わず、劇的な勝利を逃してしまった形だ。

逃げ切った小林は、2014年ぶり2度目の優勝を噛みしめた。初優勝はJNCC史上最悪のマディとなった阿蘇のレースで、小池田猛や渡辺らトップライダーも泥に埋まっていく中、強引にマシンを進め続けてもぎとった勝利だった。今回の八犬伝はスピードレースで、その9年前とは見せた強さの質が違う。「嬉しいです。みんな速い中で競り勝てたことが、とても嬉しいです。成田さんは後半になってだんだんタレてきていたんでパスできました。成田さんってタレても速いんで、前を走っている時はとにかく離されないようにしがみついた感じですね。僕はモトクロスやってた頃は(編注:小林は全日本モトクロスIA1を走っていた時期がある)小さく縮こまって、アクセルなんて開けられないし、勝負にならなかったんで、熱田(孝高)さんからも「もっとモトクロスで攻めたらよかったのに!」って言われるんですよ(笑)。大貴もスパートかけてくるのはさすがにわかっていたんで、僕もペースを上げたんですが、最後の最後に真後ろまできたというか、真横まで並ばれました。今年はCRF250Rなんで450に乗ってた昔よりも終盤に体力が残っていて、それで逃げ切れたのかも知れません。450だったら、終盤に抜かれてしまっていたかもしれませんね。正直、こんなサンドコースなんで4スト250で勝てるとは思っていませんでしたよ!」と小林。小林はJNCCの創設期に突如現れ、総合2位を獲得したスーパールーキーだったが、今年40歳になる。全日本モトクロスも数年走っているものの、常にその活躍の舞台をJNCCに置き続け、馬場や渡辺、鈴木健二らよりも前にJNCCのトップランカーを走り続けてきた。長年優勝できていないがアベレージは非常に高くて、ゼッケン2をいつもつけている。そんな小林が、このスピードレースで2度目の優勝を達成したことを、クロスカントリーファンはきっと忘れないだろう。

3位に入ったのは渡辺。小林は自力で渡辺の総合優勝を阻んだことになる。「バイクを壊したくない、という思いが大きかったです。ヒルクライムを失敗してから、そこで攻めてバイクを壊したりケガしてチャンピオンを逃したくなかったんです。もし今日ノーポイントだったら、まちゃ(小林)に逆転されちゃうんで。2ストって速いんですが、壊れる時は一瞬なんで怖いんですよ。最終戦はFIMタイヤ規制があって、さらに霜がおりてテクニカルなんで、難しくなると思います。一筋縄にはいかないですね」

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