KTMのローンチがおこなわれた南アフリカのレソト王国から1週間後にはノルウェーへ旅立った内嶋亮とOff1編集部。ここではハスクバーナ・モーターサイクルズのローンチがおこなわれたのだ

8月10日アップ、Husqvarna 2024 エンデューロモデル インプレッションOff1.jpオリジナルムービー

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なぜTBIなのか。なぜTPIだったのか
それは燃焼を制御しようとする人類の挑戦である

TPI:2018〜2023モデルのTEシリーズに搭載。トランスファーポートインジェクション
TBI:2023〜モデルのTCシリーズ、2024〜モデルのTEシリーズに搭載。スロットルボディインジェクション

ハスクバーナ・モーターサイクルズの2ストロークモデルについて、キャブレターからFIに変遷する歴史を紹介しておこう。2017モデルでTE250のエンジンはバランサーが設定されて一新、2スト特有の振動が大幅に低減することによってとても扱いやすいスムーズなエンジン特性を得た。その1年後にはキャブレターは取り払われてTPI(FI)へと進化した。この2017〜2018モデルの動きは、新時代の2ストの幕開けだったように思う。2017モデルのバランサーが導入されたキャブレターのTE250は1年限りのモデルということもあり、いまなお根強いファンがいる。

トランスファーポートというのは掃気ポートのことだ。2ストロークエンジンは吸気ポートから混合気をクランク室へ導入し(吸気)、ピストンが押し下がる圧力(爆発)を利用してシリンダー側面の掃気ポートを通じて燃焼室へ混合気が導入される(掃気)。この掃気ポートから燃料を噴射するのがTPIである。当時TPIは排ガス規制ユーロ4を通過し、かつ性能を満足させる画期的システムとしてセンセーショナルに登場した。発表当時、KTMグループでは将来の排ガス規制を見越して2ストロークのFI化を10年以上にわたって開発してきた、と説明した。様々なプロトタイプが開発され、その中には直噴エンジンも存在したと公表されている。2ストのFI化は難しい。FI自体は大戦時代から存在するものだし、KTMグループ以前に水上バイクなどで2ストのFIが搭載されてきていたし、競技の世界ではロード・オフ問わず90年代からトライされてきた技術だったことが一部に知られているが、オフロードバイクの市販車に搭載されるのは画期的なことだったのだ。

TPIは燃焼室にとても近いところで燃料が噴射されるため、燃焼室に至る経路で燃料がへばりついてロスしたりする量が少なくなり、燃焼を制御するのに好都合だった。だが、燃焼室までの距離が近いことは同時にデメリットも含んでいた。空気と混ざりあうための時間が不足するという問題を抱えていたのだ。このことが、キャブレターとTPIのフィーリングに差異が生じる最も大きな原因だったと開発陣は言う。キャブレターらしい過渡特性やスロットルフィーリングを得るには、キャブレターと同様にスロットルボディ付近の空気の流速が早い場所で燃料を噴射する必要があった。2017年の時点では、それをわかっていながらもスロットルボディから燃料を噴射する、いわゆるTBI方式では排ガス規制をクリアする燃焼制御を実現できなかったのだ。

なぜこの2024モデルでスロットルボディから燃料を噴射する、TBI方式を採用するに至ったのか。ハスクバーナモーターサイクルズのエンデューロモデル、プロジェクトマネージャーのフロリアン氏は「電子制御の進化によるものだ」と説明してくれた。TBIを採用するに伴って排気バルブをサーボモーターで駆動するようにアップデート(従来は機械式)。これによって燃料噴射、点火タイミング、排気バルブ位置の3つをECUが完全に支配化におけるようになった。スロットルポジション、エンジン回転数、その他センシングされたデータに基づいて完全な燃焼マネジメントがおこなわれることにより、TBIはユーロ5を通過する環境性能を手に入れたのだという。「ゲームチェンジャーは、ECUだよ」とフロリアンは言う。

余談ながら四輪の直噴エンジンも同じような問題を抱えていたが、これは主にインジェクターを進化させることで強制的にガソリンを細かく霧化させて問題を乗り越えた。編集部はこれを元にTBIはインジェクターが進化していてインジェクターこそがゲームチェンジャーなのだろうと考えていたが、大きな間違いだった。TPIとTBIのインジェクターは、実は同じ品番だ。さらにはKEIHINのスロットルボディは、4ストロークと同様のもの。いかに現代のオートバイ開発がセンシングと解析、そしていかにプログラムの完成度を上げることができるかに、かかっていることがわかる。

TBIの素晴らしさはノルウェーで嫌というほど体感できた

ハスクバーナ・モーターサイクルズのグローバルローンチはノルウェーのアーレンダール近辺でおこなわれた。もしかしたら聞き覚えがあるかもしれないが、このアーレンダールという土地は『アナと雪の女王』の舞台であるアーレンダール城のモデルになった土地だという。冬の姿は知るべくもないものの、僕らが訪れた初夏はどの風景を切り取っても美しい。北海道の美瑛のような緑の絨毯が延々続くかと思えば、氷河が数万年をかけて削り取った複雑な地形フィヨルドや、至る所に点在する湖の数々は、日本にあればどれも名勝として名前を付けられるような美しさ。僕らが北欧というキーワードに想像する姿そのものだ。

人口わずか500万人の国ながら、ご存じの通り国民幸福度やGDPの高さで知られ、平均月収は56万円。日本の円が弱くなる一方で、元々物価の高かったノルウェーの経済水準はもはや日本人が暮らしていけるものではない。とても庶民的なブルワリーでビール1杯1800円、ランチで外食をすれば決して贅沢せずとも3000円を軽く超えていく。おおよそ日本と比べたら、生活費は倍額といったところ。行政サービスを含む様々な機能が、スマホのアプリを経由する方式になっていて、東アジアの電子決済を遙かに超えるIoT化が進んでいる。高速道路には料金所やETCのゲートはなく、至るところに監視カメラとセンサーが張り巡らされていて、市民はあとから届くインボイスに振込をおこなえばいい。現金を持つ必要が本当に無いのだ。さらには最も世界でEV化が進んでいる国と言われている通り、自動車などの交通が発する音もとても静かで、街も自然もどこか似たような静謐としたムードに包まれている。

グローバルローンチの本拠地となったのは、小さな街の瀟洒なホテルだった。これ見よがしなリゾートホテルとは違って過剰な装飾はなく、北欧らしいセンスのいいインテリア。到着するとさっそく、ハスクバーナ・モーターサイクルズのロゴが入ったでっぷりとしたフーディがメディアに配られた。この夏に? と思いきや「ノルウェーの夜は寒くなるのよ。それに、私たちはローンチ会場へちょっと寒い思いをしながら渡ることになるわ」とスタッフ。それもそのはず、僕らメディアの移動に用意されていたのはフィヨルドの複雑な入り江をクルーズするボートだった。ボートから眺めるフィヨルド沿岸の家々は、300平米は下らないだろう敷地面積に、クルーザー用の桟橋を備えており、別荘地というわけでも、お金持ちの土地というわけでもなさそうだが、とても豊かで幸せそうに見えた。白夜はゆっくりと気温を下げ、少しずつ確かに肌寒くなっていく。傾いた夜の日差しに、ノルウェーの美しい森、北欧デザインの美しいマシンがスポットライトを浴びる。ハスクバーナ・モーターサイクルズは北欧スウェーデンの生まれであり、2017年のグローバルローンチには創業の地「フスクバーナ」が選ばれた。今回も祖国にほど近いスカンディナビアンの1国で開催されることに意味がある。

試乗コースとして用意されたのは、2つのループだった。1つはウォームアップのためのショートループ。もう1つはしっかりエンデューロの評価をできるようにと設定されたロングループである。どちらも見た目は北欧でシックスデイズがおこなわれたかのような美しさ。だが、逆光を浴びてキラキラ光る芝生を抜け、手製の橋を越えてロングループにコースインするとそのコースの難しさに舌を巻いた。スロットルを大きく開けられるところなどまったくない。岩盤ベースでどっちに飛んでいくかわからないギャップが連続し、ガレも酷い。とにかくひたすら難しく、内嶋曰く「JNCCのCOMPクラスを遙かに超えてますよ……。ヒルクライムのようなセクションは無いけど、とても難しい。シングルトラックが延々とアップダウンを繰り返していて、その上に土がのるとグリップしてくれない。岩盤はステアケースほどではないんだけど、フロントをしっかり操作してタイミングを合わせないと乗り越えられませんよ。稲垣さんも、フロントの操作が間に合わなくてよく岩盤に刺さってましたよね(笑)。こんなコースは日本には存在しませんね。それにしても、海外のジャーナリストは本当にライディングがウマイですよね(たとえばこの場にいたEnduro21.comのジョナサン・ピアソンはエルズベルグロデオに参戦したこともあり、その時の予選順位は141位である)。こういうコースでもばっちりポーズを決めてくる」とのこと。ジャーナリスト担当としてマシンをお借りしている稲垣としてはとても耳が痛い言葉である。だが、そんなことも言ってられないので必死に前のライダーについていく(実際はついていけなかった)のだった。

「本当に難しい。でも、だからこそTE250がすごく良く感じられませんか?」内嶋は言う。「ロースピードばかりで走るコースですから、エンジンの回転数もとても低い領域を使うことになります。そういう領域の扱いやすさを測るには、最適のコースだったと思いますね。とにかくTE250の開け口の扱いやすさは過去最高です。本来、オートバイのスロットルの開け口ってとても不安定なところだと思うんです。路面の負荷がタイヤにかかりはじめて、それに対してエンジンのトルクがちょうどよく出力されるポイントを探るわけですよね。進み始めるポイントと、トラクションが抜けてしまうポイントはとても狭いので、ライダーもスロットルを操作しながら探らなくてはいけないんです。

それとエンジンってピストンが爆発する行程を回転力にしているじゃないですか。だから、クランクが1回転するごとに爆発のタイミングでトルクが変動しますよね。その変動が大きいと、息が合わない感じになってエンストしたりする原因になるわけですが、このTE250はモーターのようにトルク変動が少なく感じます。だから息を合わせやすいんですね。それに、開けすぎても大きく出すぎない。極低速の上のほうもとてもコントローラブルなんですよ。稲垣さんの走りを後ろから見ていても、あーそんなに開けちゃったらだめだ! って思うようなことが多かったんですが、するするっとクリアできちゃってたんです。この極低速の少し上のあたりの領域は、ガレでとても心強いものでした。ガレってある程度のスピードが乗ってこないとタイヤが弾かれてしまうし、トラクションせずに前に進めないじゃないですか。だから一旦スピードを落としてしまうと、そこから再度スピードに乗せるのがすごく難しくて、前述したようにスロットルで探りを入れながらおいしいポイントを探すことになります。でも、TE250はガレ場でスピードを落としてしまって失敗したな、って思ったときも、すっとスピードを回復できることに気づきました。具体的に極低速〜低速の扱いやすさをあげてみましたが、これって難しくなればなるほどいろんなシチュエーションで楽に走れるだろうし、ノンストレスになると思うんです」

推測するに、これはTBIの寄与するところが相当に大きいのではないだろうか。フロリアンの言う、空気と燃料が混ざりあうための距離があって、安定した混合気が供給されること、そしてすべてを緻密に電子制御の支配下におけたことで、極めて正確な制御がエンジン内でおこなわれているものと考えたい。

2ストロークの排気量別キャラクター

このようにKTMのグローバルローンチとはまったく異なるフィールドで試乗したこともあって、内嶋の感じる車種別の印象もだいぶ見直されることになった。

「特にTE150がとても印象が良かったです。もちろんアンダーパワーなのでボディアクションをしっかりしないとフロントアップしたりは難しいのですが、それでも軽快感からくる走りやすさに勝るモノはありませんでした。身体の大きな海外メディアの記者たちにとっては、ファンライドマシンだと言う評価でしたが、僕は小柄で体重も少ないのでTE150のサスペンション(他モデルより、1ランクバネレートが低い)がうまくマッチしたことも好印象につながる理由だったのでしょう。

TE300はこの難しいコースにもってくると、少しトゥーマッチに感じましたね。もちろんTE250と同じような扱いやすさがあるのですが、特に極低速より少し上の部分が走りすぎるような感じを受けました。これまでハードエンデューロには2スト300がベストだと言われてきましたが、パワーで押し切るようなところだけに着目するならともかく、2024モデルでいえば多くの人にTE250がおすすめできるマシンになります。たぶん、これまでは300ccのトルクで誤魔化すしかなかった部分を、250ccでも対応できるようになったということなんじゃないかなと思っています」

この300と250の関係は、フロリアンも同じ意見をもっていた。「これまではTE300がベストマシンだと私も思っていたけど、この2024モデルではTE250の出来がいい。よりスムーズなTE250が多くの人におすすめできる」とのこと。

見直すべき4スト250

2ストロークのTE150と同様に、4スト最少排気量のFE250も内嶋は印象を新たにしている。「4スト250のエンデュランサーは、これまでさすがにパンチに欠けるなと思っていましたし、だからこそ自分も4スト250のモトクロッサーを少しモディファイしてJNCCを戦ってきました。でも、このコースで4ストを選ぶならFE250もありだなと思いましたね。FE350の印象もいいのですが、軽快感のある4スト250のほうがややこしいセクションでスムーズに走れます。2ストロークのような極低速〜低速のねばりや探りやすさもしっかりあります。

大排気量の4ストはこういうコースで正直つらくて、FE450やFE501は試乗車としても人気がなかったのですが……いや、なかなかどうして実は走れるのです。2ストに感じていた爆発によるトルク変動の少なさは、4スト全車に感じるところでFE501ですらややこしいセクションをエンストの恐れなく走れるのですから、本当に凄いなと思いました。

ちなみにFE350にはアクラポビッチのフルエキゾーストが装着された試乗車も用意されていたのですが、これまたまったく印象が違いますね。まず音がいいのでモチベーションが上がりますし、あと思い切り空気を吸っているというか呼吸しているようなイメージです。パワーも出ているのですが、それより一発一発の鼓動を重く感じますね。しっかりしたパルス感がほしい人には、アクラポビッチをオススメしたい。僕も自分の250SX-Fにはアクラポビッチを入れています」

扱いやすさの正体とは

ハスクバーナ・モーターサイクルズのエンデューロバイクは扱いやすい。マイルド、スムーズ、コンフォートである。エンデューロバイクはストリートリーガルの必要があり、本来の目的であるオンタイムエンデューロ以外にも、いわゆる林道ツーリングにも使われるからだ。開発陣はそれを熟知していて「日本のマーケット? 知ってるよ、“Rindo”だろ? アメリカもトレイルが流行っているし、欧州は昔からだよ」とのたまう。むしろ、そちらのほうが主軸になりつつあると言ったら怒られるだろうか。一般的に「レーサー」と言ったら、じゃじゃ馬で扱いきれないマシンだと思われるだろう。だが、エンデューロバイクはとても扱いやすい。

どう扱いやすいのか? 多くのメディアではこの扱いやすさを「豊かな低速トルク」という言葉で濁してきた。でも、本当のところを言うと低速トルクは、あればあるほど扱いづらいマシンになる。軸を回す力そのものがトルクだから、大きなトルクが瞬時に出てくると路面をつかめずにスリップしてしまうのだ。電動バイクはゼロ回転から最大トルクを発揮するという話しを聞いたことがあるだろうか。ソレは本当で、電動の乗り物を制御をいれずに開発すると、とても乗れないものになってしまう。電動バイクは低速トルクをコントロールユニットで制御しているのだ。

低速トルクをいかに調教できるか。扱いやすさというのはここに尽きるのだが、特に極低速のトルクは非常に難しい。なぜなら、エンジン回転数が低いということは吸気〜排気にいたる空気の流れがとても穏やかで把握しづらい領域だからだ。回転数が高くなれば、空気の流れは安定しはじめるからだいぶコントローラブルになる。今回のハスクバーナ・モーターサイクルズの「扱いやすさ」の極地は、ここに集約されるといっていいだろう。空気の流れが少なく不安定な状況のなかで、いかに正確にセンシングをして緻密な制御をおこなうか。その緻密な制御がいかに人間の感覚に基づいているか。レベルや乗り方、様々なユーザーがいる中で最も優れたデータを落とし込むことの難しさは想像に難くない。

僕、万年ビギナーのジャンキー稲垣もこのハスクバーナ・モーターサイクルズ7車種をすべて乗ってみた。これまた難しいショートトラックがあって、少しでもガレでミスすると数秒を失ってしまうような一周3分ほどのコースだ。バイクを変えながらタイムアタックしてみたのだが、感覚でいうとFE350が最速で、最遅はTE150。ところが実測はFE350が最遅で、最速はTE150。まったく逆転してしまったのだった。TE150はあまりにスピードが乗らない感触で、とにかく開けていこうと意識したことがよかったのだろうか。ガレで何度かゼロスピードになってしまった(FE350はすーっと通過できた)のに、それでもタイムには繋がらなかった。なお、FE350×アクラポビッチは2番手タイム。エンストしても2番手だというから、よほどキブンというやつが僕には大事なんだろう。