全日本モトクロス最終戦でニュージーランドからやってきてジェイ・ウィルソンの連勝記録を止めた刺客ブロディ・コノリー。彼がSUGOで乗ったマシンを試乗する機会を得た

最大の注目点は電子制御の水冷システム

ブロディ・コノリーが全日本モトクロス最終戦で乗ったマシンは、プライベートチームでも最もマシンビルドが進んでいるという定評があるBOSS Racingが手がけたものだ。BOSS Racingではサスペンションチューニングをブリッツシュネル、ECUマネジメントをアズテックへ依頼。今季はIA2から一線を退いたトップライダーの岸桐我がテスターを担当していて、スポット参戦のブロディのマシンもこのメンバーが担当をしていた。マシンのベースは同じくBOSS Racing所属IA2で活躍する田中淳也のYZ250F。これをアズテックの橋本氏がニュージーランドまで出向き、マッピングをテストするなど改良を重ねたものを本番車にしたと言う。

ここがキモ

彼らBOSS Racingはかねてよりテストしてきた秘密兵器をこのブロディ車に投入している。それが電子制御の水冷システムだ。通常、モトクロッサーの水冷システムはエンジンから分岐された軸がウォーターポンプのインペラを回しているため、冷却機能はエンジン回転数によって左右される。水温の上下によって開閉するサーモスタットがオーバークールを防いでくれるが、サーモスタットが開いた後はエンジンの回転数だけが頼りで水温を細かく制御することはできない。ところが彼らが採用した水冷システムはエンジン別に用意された電気モーターの駆動力でポンプを動かしている。

この電気ポンプはECUとセンサーで水温を感知することでポンプ回転数をきめ細やかに制御できるため、エンジンが暖まったあとはほぼ自在に水温をコントロールできるところが利点だ。モトクロッサーの場合、おおよそ水温90度がもっともパワーが出ると推測され、ブロディのマシンは常にその温度を保っていることができるのだという。

さらに機械的なポンプの場合、オイルシールや水の抵抗によって大きなフリクションロスが発生している。電気式ポンプを使うことで、これらの機械式水冷システムをインペラを回す軸からすべて取り払うことができるため、フリクションロスは発生しない。その結果、一説によると5馬力程度の出力向上が望めるのだそうだ。なお、このシステムは四輪ではごく一般的なものでBOSS Racingが使っているポンプもメルセデスの純正パーツであり、BOSCH製のものなのだそう。AMAのトップチームで使用しているのをアズテック社橋本氏が発見し、イタリアのGET本社に技術協力を仰いで実用化。来年1月から市販予定だとのこと。

黄緑のボックスがGETのECU。こちらをモディファイし、配線を作り直して水冷システムを作り上げている

BOSCH製でメルセデス用のポンプだとのこと

ビギナーにもデメリットなどありはしない。驚くべき「前に進む」フィーリング

このハイエンドなマシンを永遠のビギナージャンキー稲垣がインプレする、というのもだいぶおこがましいところ……。しかも、試乗したのは埼玉県にあるオフロードビレッジ本コースで、稲垣にとっては飛べるジャンプが2割くらいしかないジェットコースターのような上級設定である。稲垣はオフロードビレッジからも近いところにあって、かなりコンパクトと言われているモトクロスビレッジというコースでの最高速が60km/hなのに、オフロードビレッジではなんと40km/hまでしか上がらなかった。いかにコースが上級向けか(いやそうじゃない……)が理解していただけるはず。

そんな状況で果たしてマシンの違いなんてわかるのか……という心配はまったく杞憂であった。ほぼ同仕様の田中淳也車(機械式水冷システム)と比べたのだけれど、稲垣でもわかるくらいレスポンスが違う。僕らビギナー(僕だけ?)はなんせジャンプに対して適正なスピードで進入できないから飛べないわけで、無駄なあがきでジャンプ斜面でぶわっとアクセルを開けてみたりするわけだけど、このぶわっと開けた時にブロディ車はしっかり加速して飛んでいってしまうのだ。

ジャンプの飛び口でぶわっと開けた時にしっかり前に飛んでいく感覚は、今までに味わったことのないもの

フープスでも速度遅め進入なのにフロント上げ(気味)でいける

誤解されがちなのはここでいう「レスポンス」とは制御しづらい神経質なものではないことだ。モトクロッサーは特にスロットルに機敏に反応するので、ビギナーにとって開け口が強すぎて乗りづらい。この現象はそういったネガティブなレスポンスとは違い、燃料が薄めで鋭く回転が上昇しているだけなのだということが、このブロディ車の試乗でよくわかった。ブロディ車はスロットル操作に対してとてもリニアなことがポジティブに働いていて、操作しただけ前にすすむフィーリングはむしろビギナーにこそありがたい。思い返してみれば神経質なスロットルのマシンは、いくらジャンプの斜面で開けても前に飛んでいったりはしない。ストレートでも前に進むような感覚ではなく、車体の姿勢が急激に変化するだけでそれほど前には進まない。ブロディのマシンはストレートでも明確にドンと前に出て行く。よく操作性が思い通りであるマシンを「リニア」だと表現するけども、ならばブロディのマシンはスーパーリニアだ。回転の上がり方もほどよく鋭く、しかしライダーをびびらせるほどではない。こういった違いなら、どんなレベルのライダーにも受け入れられるものだと思う。たとえトレールマシンに装備されても、好印象を受けるはずだ。

残念ながらこのシステム、まだ市販にこぎつけられているものではない。先述したとおりBOSCHのメルセデス用ポンプを流用し、GETのECUをアズテック社・イタリアGET本社の共同開発で配線やプログラムを変更した上で搭載したもの。そもそも250ccのモトクロッサーではなく数千ccの四輪用のポンプだから制御なしに使えばオーバークールを招くはず。

ハイエンドの4スト250は、ビギナーにも走りやすい

ビギナーの稲垣にとって走りやすかったのは、そのポンプに由来するものだけではなかった。唯一この日のオフロードビレッジで開けられたスタートの直線で2速全開(とかいって、ロガーでみてみたら70%しか開いてなかった!)ではとてつもなく凶暴なパワーが出てびびりまくったのだけれど、1コーナーに入っていく瞬間そのキャラクターは変貌。とにかく曲がりやすい! タイヤがグリップする感覚をとても掴みやすいからか、すっと寝かしていけるため、ものの数コーナーでこの日走ったどのバイクよりもコーナリングスピードが速いなと感じた。サスペンションのよさもあるだろうし、車体作りのきめ細やかさも関係しているんだろう。BOSS RacingのYZ250Fはエンジンハンガーをアフターマーケットのものに変更しており、さらにはロワーとトップでブランドが違うほどのこだわりよう。何度も岸桐我がテストして結論を出した仕様なのだそうだ。

KYBのテクニカルタッチ社製サスペンションは、この日持って行ったYZ250FXよりはもちろんだいぶ硬めに感じたのだけれど、これならまったく走りづらさはないなと思った程。さらにはドスーンとジャンプでショートしてしまっても、思った以上に衝撃が少ない。少ないとわかってからは、もう少し飛べるかも! と少しずつジャンプの飛距離を伸ばそうとする自分がいた。大変危険である。このバイクを1年借りて乗れたとしたらどんどん限界を伸ばしていけて全然違う走りができるんじゃないかな、と妄想するに十分であった。ブロディはスポーツランドSUGOのスネークセクションに入る前の飛び降りジャンプを誰よりも遠くへ飛んでいたのだけれど、あれはめちゃくちゃ衝撃が強そうだなと思いながら見ていた。いま思えば、このサスがあったから躊躇なく遠くへ飛んで行けていたのかもしれない。

GETでマネジメントされているマッピングもとても好感触だった。吸気系統をごっそりモディファイしセカンダリインジェクターを追加、サクラ工業製のマフラー、エンジンはGYTRのハイコンプピストンとのことだったが秀逸だと感じたのはエンジンブレーキの使いやすさだ。スロットルを戻した時に少し強めではあるものの、しっかり前に進んでいる感覚がある。スロットルを開けて維持してきたスピードを殺しきらず、さらにリアタイヤがホッピングしづらい。特に固い路面でコーナーに進入していくときの素直さはスタンダードと比べて別次元だった。

GYT-Rのピストンでハイコンプ化。エンジン内部にはWPC加工でフリクションロスを低減している。カムはスタンダードで、ニュージーランドでブロディ・コノリーが乗っていたモノとほぼ同仕様

CRM製カーボンエアクリーナボックス。エンジンをかけた瞬間にかなり大きめの吸気音が聞こえる

インテークはカーボン製に変更。センターに見えるのがセカンダリインジェクター

テクニカルタッチ社のサスペンションも秀逸

アクスルの銜える方式がスタンダードとは違い、このほうが剛性を望めるのだとか