全日本ハードエンデューロ選手権G-NETの第4戦、ブラックバレー広島が10月16日に開催。G-NET戦の中ではコース難易度は低めに設定されていたものの、周回を重ねるごとに難しくなる秀逸なコースに。藤原とのバトルを制した山本が年間チャンピオンに大きく近づいた

いつもは「ホワイトバレー松原」の名でエンデューロの地方選手権やサンデーレースを開催している閉鎖したスキー場が、一年に一度だけ「ブラックバレー」と化す。3年目の開催となった今年のエントリー数は過去最高の190台オーバー。G-NETクラスだけの特別コース設定は行われず、全ライダーが同じレイアウトのコースを走るため、必然的にG-NETとしては難易度が低め。土曜日に下見を終えたトップライダーからは「難所はないですね」や「1周20分くらい」といった感想がチラホラ。しかし、そこはG-NET。それだけでは終わらないのだった。

G-NET基準では「難しくない」コース
天気は快晴、それでも厳しいハードエンデューロ

昨年はレース中に雨が強まり、終盤に向けて一気にコースが悪化したことがレース結果にも影響を及ぼしたが、今年は土曜日が晴れで日曜日は曇り。夕方から雨予報が出ていたものの、天気予報は好転しており、ライダーたちはレース中の降雨はないと判断し、タイヤをチョイスした。

なお、今大会では有力選手の欠場が相次いだ。まず鈴木健二がYZシリーズの試乗会と重なり、不在。黒ゼッケン入りを狙う覆面ライダーZEROはマシンの修理が間に合わずに欠場、観戦に回った。原田皓太は不幸にも整備中に負傷した指から感染症を患い、ドクターストップ。最後に森耕輔が出発直前にトランポの故障で広島入りできず。いずれも出場していれば表彰台登壇の可能性が高いトップライダーたちだ。特に難所が少なく、周回数が多くなることが想定される広島のコースではスピードに優位性がある鈴木は優勝候補筆頭と言えた。

ランキングトップは開幕戦、第2戦と連続優勝した2021年チャンピオンの山本礼人。ランキング2位は第3戦で優勝した水上泰佑。他には大塚正恒、木村吏、ロッシ高橋、佐々木文豊らが参戦。また、現役トライアルIASライダー藤原慎也や、エルズベルグロデオに挑戦し続ける石戸谷蓮も久しぶりにG-NET参戦。若手注目株の大津崇博もマシンをGASGAS EC300に乗り換え、本格的に表彰台を狙う。

コースレイアウトは昨年から逆回り(2年前の初開催時と同じ周回方向)となり、「ふじかンずスイッチバック」「ラフロイグ」「サムターン」「ロックマシン坂」など、新セクションがいくつか追加された。一昨年、スタート直後に大渋滞が発生した「ヤミ金キャンバー」は「ヤミ金」となり、キャンバーは使わず、一度下まで降りて坂を登るヒルクライムへと姿を変えていた。

スタート後、まずは山本が順当にトップで「ヤミ金」を通過。それに佐々木、大塚、ロッシら黒ゼッケンライダーが続いていく。

雨天でこそなかったが、滑りやすい土路面は広島の特徴。特に一日中陽の当たらないウッズの中では、アクセルを開けるポイントを間違えると途端にタイヤが滑り、スタックする。さらに周回が進むごとに根っこや轍、段差などが現れ、形を変え、難易度をじわじわと上げていく。

「2周目ヒル」に見る山本と藤原のスキルの違い

今回特に難しかったと言われたのは「2周目ヒル」。その名の通り、コースを1周しなければ走ることができない、2周目に入った直後に出現するヒルクライムだ。ライン取りが難しく、滑りやすい路面に苦労する。

スピードを求めて難しいラインを選択すると、石戸谷や大塚でさえリアタイヤを取られて押しが入った。ほとんどのライダーはこのラインを無理と判断し、Z字を描きながら時間をかけてジグザグに登っていくラインを選択。

そんな中、チャンピオン山本が大幅に時間を短縮できるベストラインを使い、一発で華麗に通過。下見でラインを見つけるスキルの高さが伺えた。このラインは気付きさえすればさほど難しくなく、山本の走りを見て同じラインを使ったライダーはことごとく容易に突破していった。

対して藤原は誰とも異なる独自のラインを使用。トライアルIASのテクニックを持つ藤原以外はとても使えないような難しいラインだったが、藤原は何事もないようにクリア。

一つのヒルクライムだけをとってもこのように攻略法に違いが見られる山本と藤原だったが、抜きつ抜かれつのトップ争いを繰り広げていた。最初は山本が前、中盤で藤原、そして最後はまた山本。

しかしここ広島では少し独特な「広島ルール」が存在する。それは「3時間のレース時間が終了した後、30分間振られるチェッカーフラッグを受けなくては完走と認められない」というもの。つまりチェッカーが振られる前にトップで次の周回に入っても、チェッカーが振られている間に戻って来られなかった場合は優勝は取り消し、いきなり失格になってしまうのだ。かといって安全策を取り、ゴール前でチェッカーが振られるのを待っていて、2位のライダーが次の周回を時間内に戻ってきてしまうと、今度は逆転負けとなる。この駆け引きは非常に難しいが、それがこのブラックバレー広島の面白いところでもある。
そしてもう一つの広島ルールが「トップの周回数の60%以上周回できなければ失格」というもの。これは優勝ライダーだけが突出して速かった場合、完走者が極端に少なくなってしまう。もちろんこれらはG-NETポイントにも大きく影響してくるのだ。

そんな中、優勝は6周で山本礼人。チェッカーが振られる10分ほど前にゴールに到着し、次の周回に入らずにチェッカー待ち。ゴール通過時、2番手の藤原は5分ほどの位置まで迫っていただけに難しい状況を制したと言えるだろう。

「広島のコースは本当に素晴らしくて、またここで優勝することができて本当に嬉しいです。先日たくさんの方に応援していただき、RedBullルーマニアクスに出場してきました。結果は奮わず、精神的にも苦しかったのですが、また気を取り直して練習して、海外レースでもいい成績を出していきたいと思います。
今日は最初トップだったんですけど、泰佑さんと慎也さんに抜かれて、抜き返して。また抜かれて抜き返して。5回くらい順位が入れ替わってました。難所がほとんどなくてペースが同じなので、僕がミスすると慎也さんに抜かれて、慎也さんがミスすると僕が前に出られるんです。
ところが中盤で慎也さんに3分くらいリードされてしまって、もう今日は優勝は厳しいかなって思っていたら観客の人に『もう近くに(藤原慎也が)おるよ』って言われて、『バツ2ステア』で追いついたらちょうど慎也さんがミスしてトップに立って、そこからはリードを広げて優勝することができました。
特に『ここが難しかった』というセクションはないんですけど、全体的に適度に難しいコースがずっと続いていて、セクション同士もすごく近くて休めるところがないので、体力的にかなり厳しかったです。190台もエントリーがあったので2周目は渋滞がすごいかな、と覚悟していたのですが、コースの作りがすごく秀逸なので渋滞がほどよく分散されていて、とても走りやすかったですね。
1周目2周目くらいまではコースが綺麗だったんですけど3周目以降はぐちゃぐちゃになってしまって、リアタイヤのシンコー540DCにかなり助けられました。天気が良かったのでドライコンディションかと思いきや、日陰のところは土がかなり湿っていて、このタイヤじゃなかったら今日は厳しかったと思います。
ルーマニアクスは良い成績こそ残すことができませんでしたが、メンタルがすごく成長できました。日本ではあんなに恐ろしいセクションは絶対に存在しないので、心にすごく余裕ができましたね。最終戦でまた田中太一さんと一緒に走れるのがとても楽しみです」

2位は藤原慎也。

「ブラックバレーは初めて出たんですけど、今日はハードエンデューロの中でもスピード系のレースでした。急なスピードに目がついていかなかったせいか、1周目からずっと目のピントがずれてしまっていて、ほとんどコースがわからないまま走り続けてフィニッシュしました。途中で1位を独走している時もあったのですが、アヤト君に追いつかれてしまいました。それでもどちらかというと苦手なハイスピード系のレースで2位という結果を残すことができたので、エルズベルグロデオに参戦した経験がしっかり結果に結びついていると思います。G-NETはまた最終戦にエントリーしたいと思っていますので、応援よろしくお願いします」

3位はロッシ高橋。

「上出来だと思います。前の2人は速すぎたので無理してついていかずマイペースで走りました。怪我なく帰ることが今の一番の目標ですから。普通に走ってこの順位に入れるなら幸せです。最後は大塚さんと一進一退のバトルもできて楽しかったです」

4位は大塚、5位は泉谷、6位は佐々木となった。

序盤にトップ争いをしていた水上は「序盤は佐々木さん、大塚さんとロッシさんとかと3位争いをしていたんですけど、細かいミスが重なってしまいました。スタートして15分くらいでもう足が攣ってしまい、騙し騙し走っていたんですけど4周目でついに限界を迎えて膝が曲げられないくらいになってしまって、止む無く休息を選択しました」とコメント。そんな状況でもしっかり最後にチェッカーを受け、17位。貴重な4ポイントを獲得した。

原田と同じレーシングチーム「八塔寺老人倶楽部青年部」の久保山満生は日野、モンスク、そして今大会と毎回着実にポイントを獲得し続けており、未来の黒ゼッケンライダー候補として注目の若手。

もう1人の若手注目株、大津はレース時間を半分残しての4周目でマシントラブルによりリタイヤ。順調に表彰台圏内にいただけに無念の結果となった。

父娘でレースを楽しむ木下親子。ゼッケン65で先行していた父・卓也にゼッケン112の娘・夏芽が追いついた瞬間。父の悲痛な叫びと娘の歓喜の叫びが山に響いた。

木下夏芽は2周して33位。バイクマン賞を受賞した。残念ながら広島ルールにより失格にはなったものの「初めてハードエンデューロでお父さんに勝てたので、今日は世界で一番幸せです!」とコメント。昨年はSea To Skyにも参戦し、最終日まで生き残り、ブロンズメダルを獲得している実力派。

そして広島恒例、50歳以上のライダーが参加できる併催「爺-NET」。50〜59歳部門はロッシ高橋、60〜64歳部門は熊谷一男、65歳〜部門は遊佐秋人がそれぞれ優勝した。

こちらがブラックバレー広島終了時点での最新ランキング。G-NETはこれで残すところ11月の日野ハードエンデューロと12月四国G-zoneの2戦のみ。今年は有効ポイント制を採用しているため、もし山本が日野で優勝すると仮に最終戦が0ポイントでも累計118ポイントとなり、年間チャンピオンが決定する計算だ。