オフロード業界におけるデキル男
メルセデスのバンで日本各地へ飛び回り、ある週はレースに参戦、ある週は自分のレースの段取りをし、その多忙さに石戸谷が二人いるのではないかと思うことも少なくない。メディアではケゴンベルグとシコクベルグが主だって取り沙汰されるが、石戸谷の主催するイベントは今季のハードエンデューロだけですでに6戦、ラリーが1戦、他イベント3本が大成功のうちに幕を閉じていて、とてつもない過密スケジュールをこなしてきたことは想像に難くない。昨今では車両メーカーとのコミュニケーションも濃密で、自らが乗るBetaだけでなくトライアンフなどとも様々な連携をはかっている。現在、若手でここまで「デキル」男はなかなかいない。
その石戸谷がエルズベルグに挑戦をしはじめたのは、5年前のことだ。完走のための実力が不足していると自己評価していた石戸谷は、エルズベルグチャレンジを5カ年計画として策定した。3年かけて完走までたどりつき、残り2年で勝負をしたい、と。コロナ禍によって余計な邪魔が入ってしまったが、石戸谷にとっては今年こそが完走を達成する年である。
2018、2019年の失敗の理由は明確だ。予選でタイムが出ずどちらも決勝を4列目でスタートしており、さらにはどちらもスタート自体出遅れてしまっている。いかにその後でペースアップを図っても時はすでに遅く、至る所に渋滞がおきてしまっていて前進できない。藻掻いた4時間、石戸谷は2018年はCP14まで2019年はCP13までバイクを進めた。エルズベルグロデオの最大の難関は、今も昔もカールズダイナーという大岩が続くセクションだ。2kmに渡って大岩がゴロゴロしているこのセクションを、1時間以内で走破できれば完走がみえてくる。1時間以上かかるなら完走は難しい。石戸谷はここまで届いていないのが現状だ。
ギリギリの戦い
石戸谷は「スタートで2列目をとることがマストです」と分析する。「カズトさん(矢野和都)が全日本モトクロスのIA2でトップ10、入賞もできるレベルでしたよね。そのスピードでエルズベルグロデオの予選を24位で通過しています。僕はIA2のレベルには届いていない実感があります。
ただ、エルズベルグの予選は鉱山のダンプロードという特殊な路面です。モトクロスよりはラリーに近いものです。ケゴンベルグの会場を練習場として利用させてもらっていて、この路面へのスキルを磨いてきました。昔はわからなかったのですが、今はどうすればタイムが上がるのかよくわかっています。早めにアクセルを開ければいいというモノでは無かったんですよね、昔は前に進んでいなかったんです。大事なのはライン取りと、タイヤの使い方です。予選で使うタイヤをどうたわませてグリップさせるのか、わかっていなかったんですよ。
予選のレースはおおよそトップクラスのタイムで10分。決勝スタート1列目に入るには、2019年に出した予選リザルトの144位から90人抜きをしなくてはいけないのですが、リザルトをみると40秒速く走る必要があります。僕の想定では、20秒は確実にスキルで縮められるはずです。あと20秒はミスをなくすことで縮まります。これまでの予選ではオーバーランが多くて、それでトータル20秒はロスしていたと思うのです。オンタイムエンデューロに換算すると、2分くらいのテストを8秒縮めなくてはならないといえば、わかりやすいでしょうか。
決勝はCP14までの区間に突破できないと感じる場所はありませんでした。はっきりいって、難しさは日本のG-NETやクロスミッションも負けてはいませんよ。さすがにグリーンヘル(2015年トップを走っていたライダーたちが自力でクリアできず、助け合ってクリア。主催者への抗議をこめて4人ともにフィニッシュしたという伝説のセクション)は、無理そうでしたが(笑)。採石場を知り尽くしている僕からすると、難しいのは最初にそのセクションに到達した10台くらいまでなんです。そのあとは、砂利が除かれたり岩の表面の崩れやすい層が剥がれて走りやすくなります。カールズダイナーもラインがしっかりありますし、前に進めなくなることはないでしょう。ウッズのほうが鬼門ですね、きっと」
エルズベルグを知り尽くした石戸谷のマシンセットアップ
初挑戦となる鈴木健二、藤原慎也とは違い、過去の経験からノウハウをため込んでいる石戸谷。マシンのセットアップも、エルズベルグスタンダードといえるものに仕上がっている。マシンは、1度目からお願いしているイタリアのバイクショップ「BOSI」からBeta RR2T300をレンタル。店長の息子でおなじく完走を目指すミケーレ・ボシのサポートを受けながらセットアップを進める。
基本的には国内で乗っているバイクと同じ仕様だが、サスペンションは手配できずにスタンダードを使用する。予選の仕様は下見を入念にしてスプロケットの判断をしたいとのこと。石戸谷は予選のキモをハイスピード区間ではなくふもとに連続するシケインのこなしかただと定めており、ここに焦点を当てたギヤ比を考える。
1年目から石戸谷がブレていないのは、決勝にそこまでの難しさを感じていないことだ。たしかに日本のレースの難易度は、田中太一以前と以降でがらっと変わった。常に完走できるかできないか、ギリギリのレースをつくることで主催者とライダーのレベルがどんどん上がってきた。あとは、石戸谷の言うとおり予選でいかに前に出られるか……そこに尽きるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。3度目の正直、これまでのCP14から一気にコマを進める石戸谷を見たい。