世界でも有数のメガハードエンデューロイベントである、ルーフオブアフリカ。2017年、森耕輔が日本人としてはじめてフィニッシャーとなったレースだが、2018年は西森裕一がフィニッシュ。この快挙に、ハードエンデューロ界隈が沸き立っている。

ルーフオブアフリカ 2018
レソト共和国
2018年12月5〜9日
PHOTO/SHINSUKE FUKUZUMI

見たことのないスケール、とんでもないレースがアフリカにある

アフリカ大陸は南端、南アフリカ共和国の一角にある内陸国レソトで開催される、ルーフオブアフリカだが、元々は、南アにとってのリゾート地的な場所であったこのレソト国において、開拓されていない野生の道を四輪・二輪でひたすら走ろうというバハ1000のようなイベントであった。現在はキャッチコピーを「Mother of Hard Enduro」としており、二輪のハードエンデューロとして世界に名だたるレースとして君臨している。

この写真の中にも、ルートがある。ルーフで走るルートは、大げさではなくこの写真に象徴されるレベルでスケールがデカイ。あの山の向こうまで超えていくのだ、と説明をされる。

ハードエンデューロとしては、かなり異質な競技だ。1日150kmほどのルートが設定されているが、当然テープを張りきれるわけもない。そこで、ライダー達はGPSを装着することが義務づけられる。常に、そのGPSで表示されるルートを選択しながら、チェックポイントを通過していく。GPS自体の扱いは、いわゆるラリーのナビゲーションほどの難易度はないが、テープをただ追うだけのレースとは趣向が違うわけだ。

現に、今回も挑戦している西森裕一は、初年度のチャレンジでロストウェイ。レソトの現地民の家へ宿泊させてもらった経験を持つ。

集落によっては、電気は来ていない。ヘルプは、ヘリコプターを要する。

大きな賭に出た西森裕一

西森は、今シーズンのルーフオブアフリカを見込んで、YZ125Xを乗るようにしていた。ルーフでは、標高差が激しく、125ccは高い場所におけるポテンシャルがどうしても落ちてしまう。250をボアアップしたり、多くのライダーがトルクを求める傾向にあるのだけれど、軽さを武器として完走を計画した西森は、あえて125を選んだのだった。

「6月のJNCC爺ガ岳ではルーフオブアフリカのテストも兼ねてYZ125で走りましたが、若干岩場でのトルク不足を感じたため144ccへのボアアップKITを使うことを決めました。あとはウエイトUPしたフライホイルに交換したのみですが、とてもバランス良くまとまったと思います。車体関係は1/2インチのローダウンで岩場での安定性を向上しています」とは西森の弁。西森にとってはルーフ初の2ストでの挑戦になる。

こちらは現地で会ったYZ250X。キャブレターに注目、日本ではレアなレクトロン製を使っている。その理由は、メインジェットに相当する部分を、キャブの外側から調整可能なので高度が変わった時に、容易にセッティングを変更できることから採用したのだそう。マシンの性能向上によって段々もデイファイマシンは世の中から消えているけれど、ルーフにはまだまだ「なんとか高地を制するべし」とする奇策が多い。

左、西森裕一(YZ125X)。右は2017年のフィニッシャー森耕輔(YZ250X)。二人とも、ルーフオブアフリカに魅せられて、複数年挑戦を続けている。彼らの挑戦は2013年から続いており、今年で4度目だ。

楽しさこそ成功の秘訣

ルートは超過酷。ロッキーで、とんでもない高低差を上り、下がり続ける。西森が出たシルバークラスで、おおよそ1日で3つの600mクラスの高低差のある山を越えていく感じだろうか。当然、細かい高低差は、無数にある。

西森は言う。「今回の新しく導入したアイテムは、ヘルメットに仕込んだミュージックプレイヤーです。雨の降る中、山奥で1人になって気持ちが落ち込みそうになった時、効果が覿面でペースがあがるのがわかりましたね」と。超長編のルートは、フィジカルだけでなく精神面も試される。

面白いのは、そバッグの中身だ。昨年完走した森は、柿の種を粉砕してカロリー食として持ちこんだ。西森は芋けんぴだったとのこと。西森の計算では消費カロリーが500kcal/時間で、飲み物、羊羮等を合わせ3000kcalほどを携帯した。休憩ポイントでは西森がマジックライス、森さんはおにぎりをたべてカロリー補給。米が日本人に向いているのが再確認できたと言う。2人共に最後までエネルギー不足にはならなかったそうだ。

それと、みえるだろうか。ルーフ完走に必須なのは、実は小銭である。あまりに難しすぎるコースの中には、たくさんの現地キッズ達が待ち構えている。彼らは小銭ほしさにライダーをどんどん手伝うのだそう。逆に言えば、助けを借りないと超えられない場所も存在する。だから、小銭を持っていくのだ。

余興のタイムトライアルがあるDAY1、そして本戦としてDAY2・3と長丁場のルーフオブアフリカ。レース中に森が走っているすぐ後ろに雷が落ちて、ハンドルにスパークプラグが漏電したようなしびれが来たこともあったという。常に大自然との戦いを強いられるルーフ。雪や、泥濘地や、岩、様々なアフリカの自然が襲いかかる。

さらに、2017年の設定がイージーだったというライダー達の評価を反映して、2018年の難易度は急激に上がった。森は、DAY2の早めの時期にタイムアウトに間に合わないことが判明、リタイアを強いられている。「体調・天気とも良く、昨年と比べて手術した左膝の調子も良い状態でDAY1の朝を迎える事ができました。コース設定は前回よりもレベルが高く、体力を奪うロックの登り坂が多く思った以上に時間が掛かってしまい、1回目のタイムバーですでに残り10分ほどの状態。2回目のタイムバーまでには挽回しようと思いペースを上げていきましたが、こちらでも体力を奪うロックの登り坂が多く、2回目の給油の時点で間に合わないことが分かりレースを中断することとなりました」と森はふりかえる。

西森もDAY2で、早くもリタイアの際際へ。「最後の峠を上り切ってゴール出来る可能性が見えて来た17時過ぎ、雷雨と霧で路面もほとんど見えなくなるほどに暗くなってしまいました。2013年の時も同様な雨でそのまま夜になったことを思い出します…。

また、スタートから時間も経っていたので命綱となるGPSが2つともバッテリーが切れてしまい自力では戻れない遭難状態になってしまいました。さすがにこの時は「今回もリタイアか」と諦めかけましたが、後ろからBronzeクラスのライダーが数人追いついて来てくれたので残り数キロを一緒に走らせてもらうことで何とかつながりました」と西森はDAY3へ首の皮一枚で望みをつなげることに。

最終日DAY3、望みをつなぐ西森。

「スタートしてしばらく走るとどんどん山の奥地に入って行きます。昨日までのコースよりも岩は大きく上り斜度もキツいことにすぐに気がつきました。標高もおそらく2000mほどになっているため酸素不足も感じ始めます。

これまではあまりの広さに山の奥に入って行くことに若干の恐怖心もあったのですが、今回は難所を次へ次へと超えてチェックポイントやゴールに向かっている感覚が途切れなかったことや、まわりの同じクラスのライダーと声を掛け合いながら同じペースで走って行く一体感など、4回目にして初めてのレースがキツい厳しいだけで無く楽しいと感じながら走ることが出来ました」

DAY2、DAY3で24時間を超える走行タイムで西森はいよいよ念願のフィニッシュへ。「すでに撤収も始まっていて空気の抜けかけたバルーンゲートをギリギリくぐれました」と西森。

2013年、宿泊させてもらった現地の家族とも再会できたという(写真は違う家族)。

オフロードバイクというホビーは、とても豊かなものだ。もちろん世界に出ずともその豊かさを享受できるけれど、ルーフで得られる経験や、その走るだけでも感動的なスケールの大きさは、映像や写真では、到底伝えきれない。

「昨年の森選手のゴールドクラス完走に続いて、日本人では2人目の完走者となりました。この先に他のライダーが続くのかはわかりませんが、2013年に初めて参戦した時から比べると参加しているライダーや関係者の日本人に対する見方は良い方向に変わったように思います。少なくとも日本から参戦に来ているライダーということは多くの人が認識してくれていると感じます。

この関係がこの先にも続けていければとても素晴らしいことだと思います。その最初の2人として名前が残ればさらに良いですね」と西森。きっとこの二人は今後もまた違ったチャレンジを続けるのではないだろうか。